「学ばない日本人」はなぜ学ばないのか
2026年7月28日日本の社会人が一日に学びにあてる時間は平均でおよそ13分。業務外にはまったく学習をしていないという人が半数を超えるという調査結果もあります。
研修も受けず自己学習もしていない層が全体のおよそ半分を占める一方で、同じ職場の中には学び続ける人も確かに存在します。たとえばITエンジニアでは、八割以上が自己研鑽をしていると答える職種もあります。
同じ日本で働きながら、なぜこれほどまでに学ぶ人と学ばない人が分かれてしまうのか。これから見ていきます。 聴衆の皆さんが今耳にしたのは、平均13分という数字の裏側に潜む、いくつもの層でした。学ぶ意欲の有無を議論しているつもりが、実はそもそも学びという選択肢の土俵に立てているかどうか、もっと手前の話をしていたのだと、多くの発言者が途中で気づき直していきます。
隠すか話すかという心の問題。時間や賃金という生活の問題。評価や処遇という制度の問題。そして椅子の数という組織の物理的な限界。これらは同じ「学ばない」という言葉で語られながら、実はまったく別の重さを持つ問いだったのかもしれません。
この問いに、今夜ここで答えが出るわけではありません。皆さん一人ひとりが自分の持ち場に戻ってからも、静かに残り続けるものだと思います。
この討論は、実在の人物ではなく、AIが生成したペルソナによるものです。多様な立場をなるべく忠実に再現できるようリサーチに基づいて設計していますが、現実の意見や多様性を完全に反映するものではありません。
日本人はなぜ学ばないのか―本人の問題か環境の問題か
司会
社会人が仕事以外の勉強に使う時間は平均で1日13分ほどだそうです。栗本さん、この数字はご自身や周りの実感と近いですか?
栗本 誠一 自己啓発を行わない一般労働者
13分って聞いて、むしろ多いなと思ったよ。俺の周りだと0分に近いんじゃないか。同僚と休憩中に話すのなんて晩飯何食うとか、パチンコで負けた話くらいだからさ。勉強してる奴なんて、少なくとも俺の知る限り一人も思い浮かばないな。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
職場で勉強してる人が一人も思い浮かばないというの、すごく象徴的だなと思って聞いてました。逆に私が仕事で会う企業だと、DX研修を導入して社内SNSで学びをシェアする文化まで作っているところもあって、その差が本当に激しいんです。同じ13分平均でも、ゼロの人と1時間以上の人が混在しているだけで、環境そのものが違いすぎる。学ぶきっかけも評価もない職場にいたら、そもそも「学ぼう」という発想自体が浮かばなくて当然なんじゃないかと思います。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
社内SNSで学びをシェアする文化がある企業とない企業の差、まさにそれです。能力開発基本調査でも、教育訓練休暇や自己啓発支援を行う企業は1割前後にとどまっていて、そこは全然増えていません。企業側が二極化しているのは政策側の実感とも一致していて、意欲ある企業をどう後押しするかが本当に悩ましいところです。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
制度を用意した企業でも利用が伸び悩むケースがあるという話、実はデータでも裏付けがあって。経産省の2018年調査だと、学び直しを阻害する要因で「処遇の面で評価されない」が66.8%でトップだったんです。予算やメニューをどれだけ整えても、学んだ先が処遇に繋がるという実感がないと、そもそも「何を学べばいいか」すら考えられない、という順番になりがちみたいですね。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
経産省の処遇評価の数字は先ほどご紹介の通りですが、それとは別に能力開発基本調査でよく出てくるのが「指導する人材が不足している」という企業側の回答なんです。人材育成に力を入れない理由を聞くと、費用や時間の問題と並んで、社内に教えられる人がいないというのが上位に出てくる。処遇に結びつかないという個人側の理由と、教える体制がないという企業側の理由、両方が絡み合っている感じですね。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
人材開発支援助成金って知ってますか?「人への投資促進コース」は、企業が自己啓発の費用補助をしやすくする助成金で、教育訓練休暇制度の導入を支援するコースもあるんです。ただ、それは企業側が申請して初めて使える制度で、私の会社が実際に活用しているかは全然見えないんですよね。制度自体はあっても、社員側からすると存在すら知らされていない、というギャップが結構あるんじゃないかと思います。
司会
中原さん、非正規雇用というお立場から見て、周りの方の1日の学習時間は13分という数字と比べてどう感じますか?学びたい気持ちがあっても時間が取れない実感があれば、具体的に聞かせてください。
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
13分どころか、私の場合ほぼゼロだと思います。あるとしたら子供が寝た後の15分くらいスマホで資格情報を調べる時間だけです。ハローワークの職業訓練も昔調べたことがあるんですけど、平日昼間に毎日通うコースばかり出てきて、「ああ仕事を辞めないと無理なんだ」って諦めてしまいました。最近は夜間やオンラインもあると聞くんですが、情報が全然目立つところに出てこなくて、探し方がわからないというか。周りの派遣仲間も「そんな制度あるの?」という感じで、知らずに終わっている人が多い気がします。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
子育て中の方が制度を見て『辞めないと無理だ』と諦める話、相談の現場でもよく聞きます。最近は夜間やオンラインの訓練も増えていると聞きますが、それがちゃんと目立つ場所で案内されているかというと怪しくて、結局『情報を探せる余裕のある人』しか辿り着けていない気がします。制度があるかどうかより、そこにたどり着けるかどうかの差が大きいんじゃないかと思いますね。
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
制度に辿り着けるかどうかの話、うちの業界でも近い構造があると思っていて。勉強会情報や無料の学習コンテンツって実はSNSや技術ブログに結構出回っているんですが、それを見つけられるかは結局普段からそういう場に触れているかどうかで差が出る気がします。全く情報源を持っていない人にはやはり届きにくく、目に入らないまま終わってしまう。情報が『ない』んじゃなくて『気づいていない』だけというケース、多いんじゃないかと思うんですよね。
司会
香西さん、経営者のお立場から伺いたいのですが、社員の1日の学習時間が平均13分というこの数字、ご自身の会社の社員を思い浮かべた時に近いと感じますか?それとも意外に感じますか?
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
13分と言われても、うちの職人が毎朝機械の調子を見ながら微調整している時間とか、材料の伸び具合を見て段取りを変えている時間は入っていないでしょう。あれだって立派な学習だと俺は思っているんですよ。ただ、それを会社としてちゃんと評価に繋げているかと言われると、正直そこまで仕組み化できていないのは認めます。数字だけ見て「学んでいない」と言われるのは、ちょっと違う気がするんだよなあ。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
機械の調整も学びだという感覚、すごくわかります。ただそれは暗黙知のまま職人さんの中に留まっていて、他の人が真似できる形になっていませんよね。うちのクライアントでも、現場の技を言語化して評価に組み込もうとする会社はあるんですが、それがうまく機能しているところは正直少数派だと感じます。毛塚さんが言っていた「教えられる人がいない」の話も近くて、技はあっても、それを人に伝える形にする作業に手が回っていないケースが多い気がします。仕組み化の手前で止まってしまうんですよね。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
言語化して仕組みに落とす手前で止まるというの、まさにそこが人事の腕の見せ所だと思っていて。現場に「教える形にしてね」と丸投げしたら絶対に続かないんです。評価制度の項目自体を「この技術を後進に伝えたか」まで踏み込んで設計しないと、暗黙知はいつまでも評価されない学びのままになる。そこは人事側の設計努力が要る話だなと感じます。
司会
阿部さん、家族として身近で見ているお立場から伺いたいのですが、配偶者の方の1日の学習時間が平均13分と聞いて、実感として近いと感じますか?帰宅後の様子を見ていて、勉強している時間があると思いますか?
阿部 久美子 労働者の家族(配偶者)
13分と言われても、うちの主人に当てはめたら全然実感がわかないですね。帰ってきたらもうソファでテレビを見てゴロゴロしているだけで、机に向かうなんて絶対しないタイプで。香西さんが職人さんの現場の調整も学びだとおっしゃっていましたけど、うちの主人の場合、それとも違う気がするんですよ。工場の機械のことは詳しいのかもしれないけど、家では何も新しいことをしようとしないし。だから夫婦で見ていて「学習している時間」ってほぼゼロだなと、正直思ってしまいます。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
帰ってきてゴロゴロしているだけというの、実は面談でもよくある話で、家で何もしないというのは学ぶ気力そのものがすり減っている状態かもしれないんですよね。工場で毎日淡々と機械を見ているだけで評価も変わらないと、家でまで新しいことをする気力なんて残らない。机に向かう学びだけを基準にすると、その手前にある自己肯定感の低下が見えなくなる気がします。
阿部 久美子 労働者の家族(配偶者)
気力がすり減っているという話、確かにそうかもと思う部分もあるんですけど、うちの場合はもう30年前からずっとこうなんですよ。結婚したての頃から、休みの日は寝ているかテレビを見ているかで。だから会社で評価されなかったからというより、そもそもそういう生活スタイルが染みついてしまっているんじゃないかなって。今さら性格を変えるのは無理なんじゃないかと半分諦めています。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
30年変わらない生活スタイルだという話、政策の限界を突きつけられた気がします。我々は処遇や評価に結びつければ学ぶ動機が生まれるという設計で考えがちですが、それ以前に本人の生活習慣や意欲の土台があるというのは、正直、制度設計の射程外です。ただ香西さんの職人さんの話とは逆で、機械の微調整のような現場の学びすらしていないということなら、それはもう会社の仕組みの問題ではなく、もっと個人の内面の話なんだろうなと聞いていて思いました。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
個人の内面の話に切り分けてしまうのは、ちょっと早い気がするんですよね。私が見てきた中だと、管理職が学ぶ姿勢を見せない職場だと部下も驚くほど学ばなくなるんです。阿部さんの旦那さんも、30年間職場でどう扱われてきたか、機械の調整という学びすら評価も感謝もされなかった可能性はないのかなって。性格と結論づける前に、その環境で心が折れてきた歴史もあり得るんじゃないかと思います。
司会
芳村さん、自律的に学習されているお立場から伺いたいのですが、13分という平均を聞いてどう感じますか?ご自身の学習時間と周囲の同僚を比べたとき、その差はどれくらいあると実感していますか?
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
13分と言われると、私の場合は平日朝の英会話と統計学だけでも1時間近くいくので、差はかなりあるなと感じます。ただ職場を見ていても本当に二極化していて、学んでいる人と全くしていない人が混在している感じです。以前は評価に差がないことへの不満が強かったんですけど、川瀬さんが言っていた評価制度の設計の話、あれは結局「学んだかどうか」を測る仕組み自体がないと、頑張っている人も頑張っていない人も同じに見えてしまうということだよなと。学ばない同僚を意欲の差だと切り捨てる前に、そもそも学びを見える化する仕組みがあるかどうかを先に疑うべきなのかもと思うようになりました。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
見える化の仕組みがない、というのはまさにそこが人事の一番の難所で。指標を「資格取得数」や「研修受講時間」のような数えやすいものにすると、みんなそこだけ形だけこなすようになるし、逆に緩くすると今度は測れない。何を可視化するか自体の設計を間違えると、頑張っている人がむしろ損する仕組みになりかねないんですよね。
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
資格取得数や研修受講時間を指標にすると形だけこなす人が増えるというの、まさにそれで。うちの業界だと逆にGitHubの活動履歴とか、技術ブログの更新頻度、勉強会での登壇実績のような『勝手に残ってしまう痕跡』を見る方が誤魔化しがきかないんですよね。芳村さんの英会話や統計学の勉強も、おそらくノートやアプリの記録に残っていますよね。学んだかどうかを自己申告ではなく行動の副産物で測る発想、他業種でも応用できないのかなと思います。
司会
栗本さん、学習を積極的に行わないお立場として伺いたいのですが、1日の学習時間が平均13分という数字を聞いて、ご自身や周りの同僚を思い浮かべるとどう感じますか?その13分すら多いと感じますか、それとも妥当だと感じますか?
栗本 誠一 自己啓発を行わない一般労働者
13分どころか、俺なんてゼロだね。帰ったら飯食って風呂入って晩酌したらもう寝るだけだから。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
帰宅後ゼロというのも自然な結果だと思うんですよね。工場で毎日淡々と機械を見て、それが評価にも感謝にも繋がらない状態がずっと続いたら、家でまで何かしようという気力は湧きません。毛塚さんが『政策設計は処遇と結びつければ動機が生まれるという前提で考えがちだけど、それ以前の話がある』と言っていましたけど、その手前にあるのが職場でずっと放置されてきた自己肯定感の話なんじゃないかと。晩酌して寝るだけというのは、性格ではなく職場での扱われ方の積み重ねだと思って聞いていました。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
職場の扱われ方が意欲を削ぐという話、一理あるとは思うんですけど、それだけが原因だと決めつけるのも違う気がしていて。上司の姿勢だけでなく評価制度そのものやキャリアの見通しなど、絡んでいる要因はもっと複合的なはずです。それに正直、政策として『職場の心理的な扱われ方まで是正しろ』とはさすがに踏み込めなくて、我々にできるのは処遇や評価の仕組みを変えるところまでです。ただ、指導者不足という統計は、単に教える技術がないだけでなく、学んだことをちゃんと認めて返す文化がないことの裏返しなのかもと、聞いていて思いました。
司会
中原さん、非正規で働きながら学習意欲をお持ちの立場から伺いたいのですが、1日の学習時間が平均13分という数字、ご自身や周りの同じ立場の方々を思い浮かべると近いと感じますか?もっと少ないと感じますか?
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
13分でも多いくらいかもです。周りの派遣仲間も、寝る時間を削ってまで勉強している人なんて見たことないですね。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
派遣仲間で勉強している人を見たことないというの、正直、企業側の姿勢の裏返しな気がしています。うちがクライアントに研修プログラムを提案するとき、対象がほぼ正社員なんですよね。非正規の方向けに学習機会をちゃんと仕組み化している企業、この業界にいて本当に数えるほどしか見たことないです。育成投資する相手として最初から数えられていないというか。
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
広田さんの言っていた記録が勝手に残る話、あれは職人の世界にも近いものがあって。加工記録や段取りメモをちゃんと残していれば、口で説明できなくても評価の材料にはなるなと思って聞いていました。それと非正規の話ですけど、うちも派遣の方に頼ることがあるんですが、正社員のOJTと同じようにはなかなかできていないのが実情です。世の中的には非正規にも育成機会をという流れなのは分かっているんですが、うちの規模だと技能継承だけで手一杯で、そこまで手が回っていないというのが正直なところですね。
司会
川瀬さん、人事のお立場から改めて伺いたいのですが、平均13分という数字を社内の年代別・職種別のデータに当てはめたとき、実感として近いと感じますか?正社員と非正規、あるいは管理職と現場社員で、体感できるほどの差があると思いますか?
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
社内データで見ると、正社員と派遣・業務委託とで学習時間に差があるのは実感としてあります。ただそれ以上に引っかかるのは、当社の研修受講率やスキル習得の指標は、集計の起点が正社員中心の人事システムになっていて、非正規の方の学習実態を本気で追いかけられているかというと自信がないんです。福山さんが言っていた『育成投資する相手として最初から数えられていない』というの、うちも他人事じゃないなと聞いていて思いました。差があるかどうかの前に、そもそも見えていない可能性がある。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
集計の起点の話もそうなんですけど、それより手前の商談の段階から非正規の方が対象に入っていないんですよね。企業さんに研修提案するとき「対象人数」を最初に聞くんですが、そこに派遣や契約社員をカウントする会社は本当に少ないです。見えていないというより、最初から選択肢として検討すらされていない。だから吉沢さんが言っていた気力の摩耗の話、非正規の方だとそもそも機会自体が来ないから摩耗する以前の問題な気がします。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
対象人数の話、正直そこまで具体的な商談の裏側は知らないんですけど、少なくとも自分がこれまで『社員側に学習の情報が届いていない』と話していたのは、正社員として学びの土俵にはもう乗っている前提での不満だったんだなと気づきました。中原さんが言っていた寝る時間を削って勉強する人なんて見たことないというのも、意欲の話ではなくそもそも選択肢に上がってこない現実なのかもと、13分との差を語っていた自分がちょっと恥ずかしくなりました。
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
恥ずかしくなったという話、自分も刺さっていて。GitHubの活動履歴で測ろうと言ったのは、結局土俵に乗っている人の話でしかなかったなと今更思います。13分という数字も、機会がある人とない人を混ぜて平均を取っているだけで、中原さんの周りみたいに寝る時間を削ってまで学ぶ人なんていないという層と、うちの業界みたいに学ばないと死ぬみたいな層を一緒くたにしても、多分何の意味もない数字なんじゃないかと思うようになりました。
学びが共有されない職場文化―秘匿化と学習奨励の仕組み
司会
次のテーマに移ります。学んだことや勉強していることを、社内の同僚や上司にあえて話さない、いわば隠すという行動が見られることがあります。芳村さんは自律的に学習を続けていらっしゃいますが、そうした学びを周囲に話しますか、それとも話さないですか。理由も含めて伺えますか。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
私はどちらかというと話さない派です。朝オンライン英会話をやっていると言うと、意識高い系だと思われそうで。定時で帰る同僚もいる中で「勉強してますアピール」に聞こえたら気まずいので、自分から控えめにしてしまう感覚があります。
栗本 誠一 自己啓発を行わない一般労働者
意識高いと思われるのが嫌で隠す、という話にはあまりピンとこないですね。うちの現場だと隠す隠さない以前に、勉強してるって発想自体が出てこないんです。疲れて帰って飯食って風呂入って寝るだけで精一杯で、隠す余裕すらない。話さないんじゃなくて、話すこと自体がないんですよ。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
今のお二人の話は、全然違う次元のことです。芳村さんの話は、学んでいるけれど周りの目が気になって黙っているという心理的ハードルの話。一方、栗本さんの話は、勉強するという選択肢自体が頭に浮かばないという、隠す・話さない以前の問題です。これを同じ「学びを隠す」でくくると、後者の人に「心を開けば話せるはず」という的外れな支援になってしまう。私の相談現場でも、余裕がなくて学びが選択肢に入らない人には、動機づけより先に生活の余白を作る話から始めないと意味がありません。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
その整理は政策設計にもそのまま刺さります。我々の助成金や休暇制度は結局「学ぶ意欲はあるけれど時間や評価がネックな人」を前提に組まれているんですよね。栗本さんの言うような、学ぶという発想自体が生活の中にない層には、処遇改善もキャリアコンサルの窓口案内も届かない。ここは教育訓練給付の拡充とは別枠で、生活支援に近い施策として切り分けて考える必要があると思いました。
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
生活支援と教育訓練を分けるという話、すごく腑に落ちます。私も隠す以前に、学ぶという選択肢を頭から締め出しているところがあって。でもそれは発想がないのではなく、時間とお金がないから最初から諦めているだけなんです。子供を寝かしつけた後の15分で資格のことを調べたりはしているので、余白さえあれば学びたい気持ちはずっとあります。
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
うちみたいな小さい会社は、大企業のようにシステムを入れて学習管理しているわけではないので、社員が業務時間外に何を勉強しているかまでは把握しきれていないんですよ。資格を取るときは申請してもらいますが、それ以外は本人任せ。非正規かどうかという話の前に、そもそも見えていない部分がうちにはまだあるなと思いながら聞いていました。
司会
川瀬さん、人事部長というお立場から伺いたいのですが、芳村さんのように学んでいることをあえて周囲に話さない社員がいるとして、それは人事側からは把握しづらい心理だと思います。なぜ社員は学びを隠すのだと思われますか。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
芳村さんの「意識高い系と思われそう」という感覚、人事としてすごく引っかかります。それは制度の問題ではなく職場の空気の問題なんですよね。誰かが学んでいるのを見て他の人が萎縮したり、逆に茶化す上司がいたり。うちでも部署によって全然違って、上司が学びを称賛する部署はみんな学んだことを話しますし、そうでない部署は黙る。評価制度をいじる前に、まず管理職に「学びをどう扱うか」を意識させないとダメだなと痛感しています。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
それ、すごくわかります。以前の上司は朝活や英語の話をすると露骨に鼻で笑うタイプで、あの時期は誰にも言えませんでした。今の上司はデータ分析の話に普通に興味を持って聞いてくれるので、自然と話せるようになりました。制度がどうこうより先に、上司の一言のリアクションで空気が結構決まってしまう気がします。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
上司の反応で空気が決まるという話、本当にそうだと思います。うちの提案先でも、部長クラスが「自分は忙しいから研修なんて出なくていい」という顔をしている部署は、部下も申し込みすら躊躇するんです。管理職自身が学ぶ姿を見せていない組織で部下にだけ学習を促しても響かない。研修を設計するとき、実は一番先に口説き落とすべきは管理職なんじゃないかといつも思います。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
管理職を口説くという発想は現場でもよくやるんですが、それだけだと数年で息切れするケースを何度も見ています。その管理職自身が、若い頃に学んでも評価されなかった世代なんですよ。だから部下の学びを称賛する語彙も型も持っていない。個人の意識改革と、学びを評価に反映する制度をセットでやらないと、担当者が変わった瞬間に元の空気に戻ります。毛塚さんが言っていた助成金の設計も、結局この評価制度の話と地続きなのではないでしょうか。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
評価制度に学びを紐づけるという話ですが、評価手法自体はカークパトリックモデルのように満足度・理解度・行動変容・業績影響の4段階で測る枠組みがすでに存在します。ただ実際の企業では満足度アンケートで止まっているところが多く、行動変容や成果まで見ようとすると上司のヒアリングや1on1のような手間のかかる仕組みが必要になる。そこまでやれる余力がある企業に助成金の要件を絞ると、結局体力のある大企業しか使えなくなるジレンマがあり、そこをどう設計するかが悩みどころです。
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
体力のある大企業しか助成金を使えないというジレンマ、研修制度ゼロのうちの会社にも当てはまるなと思って聞いていました。でも1on1のような大掛かりな仕組みがなくても、GitHubのコミット履歴や勉強会の登壇資料のような、個人が勝手にアウトプットしているものを会社が拾い上げるだけでも評価として機能する気がするんです。手間をかけて新しく制度を作るより、既にある可視化された痕跡を見る仕組みの方が中小には現実的なのではないでしょうか。
司会
香西さん、経営者の立場から伺いたいのですが、社員が学んでいることをあえて社内で言わずに隠すとしたら、それは評価に響くことへの警戒心なのか、それとも単に言う場や機会がないだけなのか、どちらだと感じますか。
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
評価に響くからか機会がないかと言われたら、正直どちらでもないかもしれません。うちは俺自身、社員の勉強の話なんて聞いたこともないし、聞こうともしてこなかった。川瀬さんが言っていた空気の話ですが、管理職どころか経営者の俺が学びを話題にしたことすらなかったんだから、社員も言おうにも受け皿がなかったんだと思います。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
経営者自身が学びを話題にしたことがなかったというのは、人事としては一番響く話です。制度を整える前に、まず経営陣が学びを語る空気を作らないと意味がない。ただ役員が自分の学びを話すだけで部下が自然に話し出すかというと、そんな単純ではなくて。安心して話せる場になっているか、その学びが仕事にどうつながるか説明できているか、そこまでセットでないと形だけになってしまいます。芳村さんの上司が鼻で笑うタイプだったという話も、結局トップの無関心が現場のリアクションに滲み出ているのではないかと思います。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
香西さんの話を聞いて、少しひやっとしました。私は今の上司が興味を持って聞いてくれるから話せているだけで、それは結局その人の個性に乗っかっているだけなんですよね。異動や担当が変わったら、また前の上司のように鼻で笑われる空気に戻るかもしれない。経営トップが学びをどう扱うかを決めていないと、いい上司に当たるかどうかの運ゲーみたいになってしまう気がします。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
運ゲーという表現、まさにそれだなと思います。吉沢さんが言っていた「管理職自身が学んでも評価されなかった世代」という話とつながる気がしていて、私たちが研修を提案するときも結局「いい上司の部署だけ盛り上がって終わる」ケースを何度も見てきました。だから最近は管理職個人の心がけに頼るのではなく、経営トップが学びと業績評価の接続を文書や評価シートに落とし込んでほしいと提案しています。属人化している限り、担当者が変わったら振り出しに戻るので。
司会
論点を変えます。学びを共有し合う文化がない職場では、実際に何が起きてしまうのでしょうか。栗本さん、勉強という発想自体がない職場で働かれてきたご経験から、そうした文化の欠如が具体的にどんな弊害を生むと感じますか。
栗本 誠一 自己啓発を行わない一般労働者
弊害と言われて思うのは、うちの現場は休憩中に将来の話を一切しないんです。あと何年立ち仕事ができるかとか、ロボットが入ったらどうなるかとか、みんな内心思っているはずなのに口に出さない。学ぶとか勉強とかの話題がそもそもないから、そういう不安の話をする糸口すらない。だから一人で夜中に考え込んで終わり。仲間内で話せればちょっとは楽になるのかもしれませんが、そういう空気自体がないんです。
阿部 久美子 労働者の家族(配偶者)
一人で夜中に考え込んで終わりという話、うちが今まさにそれです。主人は現場一筋で、家で仕事の不安や将来のことを一切言いません。定年まであと数年なのに、再雇用でどうなるのか聞いても「わからん」の一言。多分本人も夜中に一人で考えているんだと思います。学ぶとか話すとかの糸口がないのは、職場だけでなく夫婦の間にもあるんだなと、聞いていて他人事ではありませんでした。
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
夫婦の間でも糸口がないという話、聞いていて胸が痛くなりました。私はそもそも配偶者がいないので、子供の将来や自分のキャリアの不安を話す相手が最初からいないんです。実家も遠いし、職場でも派遣同士でそういう話にはならない。誰にも相談できないまま、夜中に一人でスマホで検索して終わる、という感じです。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
阿部さんの話、うちの相談室でも本当によく聞きます。定年間近の男性が、会社では弱みを見せられず、家に帰っても「わからん」の一言で終わる。実は奥さんにも本音を言えないのではなく、言葉にする習慣そのものを長年の職場生活で失ってしまっているケースが多いんです。将来の不安を口にする経験がないまま50代60代まで来ると、家族が心配して聞いても、返す言葉のストックがない。これは本人の不器用さの話にされがちですが、職場で何十年も感情や不安を共有する場がなかった結果ではないかと感じています。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
感情や不安を言葉にする習慣を職場が奪ってきたという指摘は、正直、処遇改善や評価制度の設計では手が届かない領域だなと思って聞いていました。ただキャリアコンサルティングの拡充は、我々はスキルの棚卸しや転職支援の文脈で語りがちですが、実は言葉にする練習の場としての意味合いの方が大きいのかもしれません。相談実績を見ても、キャリアの話をしに来たはずが不安を初めて口にして終わる人が結構いるのではと、吉沢さんの話を聞いていて思いました。制度の入り口をキャリア支援にしておいて、中身は心理的な居場所になるという設計、もっと真剣に考えた方がいいのかもしれません。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
心理的な居場所という発想自体はすごくいいと思うのですが、実務としてそれをやろうとすると相談員一人が抱える件数がかなり多く、一件一件じっくり感情面まで受け止める時間の確保が正直厳しいんです。キャリアの棚卸しのつもりで来た人が不安を吐き出して終わる瞬間、こちらも時間配分をかなり無理していることが多い。制度の入り口を心理的居場所にするなら、相談員の数や一件あたりの時間の枠組みごと見直さないと、結局現場の善意に頼るだけの仕組みになってしまう気がします。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
時間の確保が現場任せになる問題、これは人事の設計ミスだと思って聞いていました。うちも1on1を月1回30分でやれと号令だけかけて、中身は管理職の力量任せにしていた時期があって。キャリアの話のつもりが不安の吐露で終わってもいい、そのための時間を最初から枠として確保しておく。評価シートより先に、スケジュールに余白を作る設計の方が地味だけど効くのかもしれません。
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
1on1のような仕組みはうちにはないですが、その代わり毎日現場で顔を合わせてはいるんですよ。それなのに、俺は世間話くらいしかしてこなかった気がします。栗本さんの話にあった「休憩中に将来の不安なんて出ない」というのも、うちも似たようなものかもしれない。制度がなくても拾える距離にいるはずなのに、拾おうとしてこなかったのは俺自身の問題だなと今聞いていて思いました。
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
制度がないからこそ日常で拾えるはずというのはわかるんですが、自分の職場はリモート中心で、雑談のようなやりとりが自然発生する場面がそもそも少ない気がしていて。カメラオフの定例とチャットのやりとりだけだと、誰が何に悩んでいて何を勉強しているかは、意識して聞きに行かないと見えてこない部分が結構ある。顔を合わせて働けていること自体、拾おうと思えば拾えるチャンスの多さという意味では、実は恵まれている環境なんじゃないかと思いました。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
距離の話より、そもそも学びを口にしていい空気があるかの方が先だと思います。私自身、社内の別部署の人とオンラインで話す機会がありますが、画面越しでも興味を持って聞いてくれる人には普通に話せるし、逆に対面でも一瞬鼻で笑われた経験があると二度と言わなくなる。対面かリモートかより、反応してくれる人がいるかどうかの方が大きい気がします。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
反応してくれる人がいるかどうかが大きいというのは、企業側からすると結構怖い話だなと思っていて。鼻で笑うか興味を持って聞くか、それは結局その管理職個人の人間性任せなんですよね。管理職を口説く発想と同じで、これも属人化している。だから最近は研修の評価項目に「部下の話をどう受け止めたか」を入れられないか、と提案し始めています。あと中原さんの話で、家庭内の糸口がないどころか話す相手自体が最初からいない人がいるというのは、家族というセーフティネット前提で制度設計していた自分には結構刺さる指摘でした。
栗本 誠一 自己啓発を行わない一般労働者
部下の話をどう受け止めたかを評価に入れるという話ですが、うちだと管理職と言っても現場上がりの年配作業員だったりするんですよ。俺と歳もそう変わらないし、あちらも同じように腰が痛くて将来不安を抱えている立場。誰が誰の話を拾うのか、そもそも境目があいまいなんです。あと吉沢さんが言っていた「家でも本音を言えなくなる」という話、うちもまさにそれです。俺も女房に将来の話なんて全然していません。会社で言葉にする癖がついていないから、家でも同じなんだと思います。
阿部 久美子 労働者の家族(配偶者)
境目があいまいという話、うちにも当てはまる気がします。私も主人の話、聞こうと思えば毎日聞けるはずなのに、パートで疲れて帰って晩ごはんを作って、正直こちらに余裕がない日は「今日どうだった?」すら聞けていません。聞く側が疲れていたら拾えないのは、職場も夫婦も同じなんだなと、今聞いていて思いました。
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
聞く側に余裕がなかったら拾えないというのはすごくわかるんですが、うちの場合はそもそも聞いてくれる相手が家にいないんですよね。子供が寝た後、今日しんどかったなと思っても、それを話す大人が誰もいない。疲れを分かち合うとかそれ以前に、分かち合う相手自体がゼロというのは、また別の孤立な気がします。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
聞く側の余裕がないと拾えないという構図は職場も家庭も同じなんだと聞いていて思うんですが、そもそも我々の支援策は「管理職に1on1をやれ、研修を受けろ」という、拾う側に役割を追加する発想ばかりなんですよね。管理職自身が疲弊していたら同じことが起きるはずで、支援する側を支援する視点が制度設計から抜け落ちているのかもしれません。管理職の負荷そのものを軽くする助成金は、正直あまり聞いたことがありません。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
支援する側を支援する視点が抜けているという話、相談員の立場からも他人事ではありません。年間何百件も面談していると、こちらが感情面まで受け止めようとするほど息切れしていくんです。相談員の負荷を軽くする仕組みがないと、結局この仕事も個人の頑張りや使命感でなんとか回しているだけになってしまう。管理職に負荷を積むなという話は、実は支援職全体に言えることだと思います。
司会
香西さん、学びを共有し合う文化が職場になかった結果、これまで見過ごされてきた損失やコストのようなものがもしあったとしたら、経営者として振り返ってどんなことが思い当たりますか。
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
損失で思い当たるのは、前に話した溶接の若手のことです。あのときは資格を取らせて辞められて「裏切られた」と腹を立てていましたが、今考えたら、辞める前にあいつが何に悩んでいたか、俺は最後まで聞いていなかった。技術は教えたけれど、不安や将来の話をする場は作ってやれなかった。研修がどうこう以前に、そこが一番の失敗だったのかもしれません。
非正規雇用と学びの壁―意欲があっても学べない構造
司会
学びたい気持ちがあっても、雇用形態によってそれが叶わない状況が生まれてしまうのはなぜでしょうか。中原さん、非正規という立場で学習意欲を持ちながら、実際にはどのような壁にぶつかっていますか?
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
ハローワークの職業訓練を調べたとき、平日昼間に毎日通うコースばかりで「これは仕事を辞めないと無理だ」と最初から諦めてしまいました。実際は夜間やオンラインもあると最近知ったんですが、そういう情報は目立つところに出てこない。制度があっても「失業者向け」というイメージが強すぎて、働きながら子育てしている人間は最初から蚊帳の外だと思い込んでいました。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
働きながら学びやすい、非正規向けのeラーニング中心の職業訓練は最近拡充されているんです。制度自体は中原さんが最初に諦めた頃より進んでいるはず。でも名前や案内の見せ方が「失業者向け」に見えてしまって、届く前に自分ごとと思ってもらえていない。うちの研修案内も、対象を正社員だけのつもりで書いていないか、非正規の方が読んでも「自分に関係がある」と思える言葉になっているか、洗い直したくなりました。
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
IT業界の勉強会やコミュニティも「時間を自分で作れる人」が集まりやすい場です。オンライン化は進んでいて非正規でも独学でスキルを伸ばしている人はいますが、そもそも「学べる場がある」という情報にたどり着く導線が、正社員の研修案内のように会社経由で降ってこない。中原さんのように自分で探しに行った人だけが辿り着ける構造自体を変えないと、可視化や評価の話はその先の話なんだと思います。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
会社経由で降りてこないという話、自分の会社の社内公募制度にも当てはまるかもしれません。意欲とスキルがあれば誰でも挑戦できる制度だとずっと思っていましたが、案内が届くのは正社員のメールや社内ポータルの話で、非正規の方に同じ情報が同じタイミングで渡っているか、今まで考えたことがありませんでした。制度があるからチャンスは平等、と勝手に思い込んでいただけかもしれません。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
社内公募の話、クライアント提案でも似たようなことがよくあります。研修の案内文や対象範囲を決めるとき、正社員向けに作ってから「非正規の方はどうしますか」と後から付け足す感じになりがちです。システム上は非正規の方もアクセスできる設計にできるはずなのに、運用段階で結局「まず正社員に」となり、届くタイミングがずれたり周知が弱くなったりする。悪気があるというより、設計段階で最初から想定していないだけなんです。企業側に指摘すると、意外と気づいていなかったという反応が多いです。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
社内公募でその話が出るなら、企業向け助成金も同じ設計になっていないか、自分たちに矢が返ってくる話です。事業展開等リスキリング支援コースは企業が申請主体なので、対象人数を決める段階でそもそも非正規が入っていない企業がある可能性は否定できません。だとすると企業経由のインセンティブだけ厚くしても構造は変わらず、教育訓練給付金のように個人が直接使える制度の方に、もっと軸足を移すべきなのかもしれません。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
教育訓練給付金は企業経由ではなく個人が直接ハローワークに申請できる制度で、実はもう20年ほど前からあります。雇用保険に一定期間加入していれば非正規の方でも対象になり得るはずですが、相談現場で「これを使えた」という非正規の方の声は実感としてほとんど聞いたことがありません。個人申請の窓口が用意されていても、自分が対象になるか確認しに行くという一歩自体にハードルがあるのではないかと感じています。
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
一歩のハードルというのはすごくわかります。雇用保険に入っているかとか加入期間とか、それを調べに行く時間がまずない。夜、子供を寝かしつけた後にスマホで検索する気力が残っていたら御の字で、大体そのまま寝落ちしてしまいます。川瀬さんが言っていたeラーニング拡充の話も、正直知りませんでした。派遣元からの案内は見た記憶がなく、拡充されていても届いていなければ無いのと同じだと思いました。
司会
栗本さん、仮に非正規の立場で学び直しをして資格やスキルを得たとしても、それが正社員登用や仕事内容の変化に結びつきにくい雇用構造があるとしたら、それは学ぶ意欲そのものにどう影響すると思いますか?
栗本 誠一 自己啓発を行わない一般労働者
うちは正社員だけど似たようなものだよ。フォークリフトの資格を取っても手当は月数千円。部署が楽になるわけでも給料が跳ねるわけでもない。非正規の人が資格を取っても正社員になれる保証がないなら、誰も本気にならないよ。会社に都合よく使われるだけなら学ぶだけ馬鹿らしいって気持ち、痛いほどわかる気がする。
阿部 久美子 労働者の家族(配偶者)
給料に跳ねないから学ぶだけ馬鹿らしいというのはわかるんですが、うちの立場から見るとちょっと違う意味もあって。うちの主人には、定年後にお金にならなくてもいいから何か新しいことを始めてほしいんです。手当がつくかどうかより、朝起きて出かける場所があるとか、誰かと喋れるとか、それだけで家の中の空気が全然違う気がして。損得だけで測ると、家族としては困る部分もあるなと思いました。
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
出かける場所があるという話、うちの現場にも通じる気がします。定年間近の職人でも、給料が上がらなくても新しい機械の操作を覚えたがる人がいる。あれは損得ではなく、まだ自分は役に立てると実感したいんだと思う。損得だけで測ってきた自分の見方が、案外狭かったのかもしれません。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
損得ではなく役に立っている実感、というのはうちの制度設計にはっきり抜けている視点だと思いました。人事は研修や資格取得支援など能力開発の制度自体は昔からありますが、その効果測定を結局「評価や給与に結びついたか」でしか見てこなかった。誰かの役に立てたとか、居場所ができたとか、そういう効用を拾う指標がまだ人事にはない。処遇連動一辺倒の設計を見直す必要があるかもしれません。
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
評価指標を役立ち感や居場所感まで広げるのはいい方向だと思う一方で、自分が普段ブログや勉強会でアウトプットしているのも、結局は誰かに認めてほしいという承認欲求の一種だなと聞きながら思いました。だから評価軸を広げる制度設計の話と、個人がなぜ学ぶかという動機の話は、別物として分けて考えた方がすっきりする気がします。学ぶ理由は人それぞれでよく、それを全部評価に紐づけようとすると逆に窮屈になる人も出てくるのではないでしょうか。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
評価に紐づけてほしいとずっと思ってきた側なので、動機を評価から切り離すのは正直ちょっと寂しい気持ちもあります。でも中原さんの話を聞いていると、そもそも評価に結びつくかどうかの手前で、申請する一歩すら踏み出せない状況がある。私の悩みは動機の話、中原さんのは機会の話で、次元が違うのに同じ「学習意欲」という言葉でまとめてはいけない気がしてきました。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
次元が違うという整理、まさにそうだと思います。企業に「学習意欲を上げるには」と提案するとき、正社員も非正規も一緒くたに「学習意欲」でくくって施策を考えてしまっています。でも中原さんの話だと、そもそも申請の手前で時間や気力の壁がある。動機を刺激する施策と、選択肢に乗る手前の段差をなくす施策は、全然別物として企業の制度議論に持ち込まないといけないと反省しました。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
制度としては、人材開発支援助成金の中に訓練費用を補助するコースと、教育訓練休暇のように機会そのものを作るコースが別枠であります。でも企業からすると窓口も申請書類も似たようなもので、結局「学習支援」と一括りに捉えられがちで、動機付けと機会確保が別物だという発想で使い分けている企業はあまり見たことがありません。非正規の場合は特に、意欲以前に休暇も情報も届いていないので、機会確保の設計をもっと非正規向けに寄せないと意味がないと思いました。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
機会確保と処遇改善を別枠でというのはその通りだと思いますが、非正規の相談だと機会確保の手前にもう一段あります。教育訓練給付金は、雇用保険に入っているかとか対象講座かとか、自分で調べて動かないと存在に気づけない制度です。「申請できる」だけでなく「あなたは対象です」と向こうから声をかける経路まで作らないと、機会確保のつもりで作った制度が結局また自己責任に戻ってしまう気がします。栗本さんの資格を取っても手当数千円という話も、正社員でも学びが評価に響かないのは根っこは同じ問題だと改めて思いました。
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
対象かどうか確認しに行く一歩の話、まさにそれです。教育訓練給付金を調べても、医療事務や簿記の講座が対象講座なのか、正社員登用というゴールに繋がるのかも事前にはっきり分からない。時間を割いて申請しに行ったのに「あなたのその講座は対象外です」と言われたら、と思うと動く気力がさらに削られます。阿部さんの旦那さんが損得抜きで学びたいという話も、羨ましいなと思ってしまいました。うちはまず正社員になれるかどうかが先なので、対象かどうかも分からないものに賭ける余裕がないんです。
栗本 誠一 自己啓発を行わない一般労働者
賭ける余裕がないというのはすごくわかる。俺なんか25年もこの会社にいて、資格支援の制度があるかどうかすら知らずにここまで来た。正社員でこれだから、非正規の人に情報が届かないのは尚更だろうなと思う。ただ、仮に案内がちゃんと来たとしても、疲れて帰ってきて申請書類を読む気力があるかと言われると、俺は自信がない。情報が届く仕組みも大事だけど、その先に一歩踏み出す余裕自体が現場には無いんじゃないかと思ってしまった。
阿部 久美子 労働者の家族(配偶者)
疲れて帰って気力があるかという話、うちにもそのまま当てはまりそうです。定年後、シルバー人材センターのパンフレットを置いておいても、主人が自分で電話するかと言われたら怪しい。結局「一緒に見に行こうよ」と背中を押すのは私の役目になる気がして、それはそれで私も疲れるだろうなと、今から覚悟しています。
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
栗本さんの資格を取っても給料が跳ねないという話は耳が痛いです。うちみたいな45人の会社だと、そもそも役職の椅子自体が数個しかない。資格を取って優秀になっても、係長のポストが空かなければ上げようがないんです。学んでも行き場がないのは意欲の問題ではなく、こちらが用意できる椅子の少なさという会社側の限界でもある。そこは正直に認めないといけないと思います。
栗本 誠一 自己啓発を行わない一般労働者
椅子が少ないから上げようがないというのは経営者側の理屈としては分かるんだけど、それを言われたら現場の人間はどうやって自分を納得させればいいんだって話になる。椅子が増えないなら、せめて「お前の作業がラインの安定に効いてる」と一言でも言ってくれれば、それだけで違う気がするんだよな。給料じゃなくて、認めてもらえてるという実感。芳村さんが評価に紐づけてほしいと言っていたけど、俺なんかは評価じゃなくてもいいから、ただ見ててほしいだけなのかもしれない。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
ただ見ててほしいというのは、椅子の数やコストの話じゃなくて、今日からでもできることだと思うんです。上司が「その調整うまいな」と一言かけるのに予算も制度改定も要らない。うちの会社でも、処遇の仕組みを変えるのに何ヶ月も会議している間に、声かけひとつをサボっている管理職がいる。構造の限界は認めるとして、姿勢の話まで構造のせいにするのは人事としてちょっと違うと思って聞いていました。
司会
中原さん、業務外で医療事務や簿記の勉強をしても、それが正社員登用というゴールに繋がるかどうか事前にはっきりしない今の状況で、それでも学ぼうという気持ちは湧いてきますか、それとも学ぶ前提そのものが崩れてしまう感覚がありますか?
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
諦めているわけではなくて、繋がるか分からないなりに手探りではやっています。電車の中でスマホで医療事務の講座を調べたり、簿記の教材の口コミを見たり。ゴールが保証されていれば安心して踏み出せますが、保証がないから細々とでも自分で確認するしかない。それすらできない日もあるので、偉そうなことは言えないんですけど。
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
手探りで確認し続けるのは時間も交通費も教材費もかかっていて、それで対象外でしたとなったら普通に損失です。自分がやってきたブログや勉強会は失敗しても知識は残るしダメ元でいいやと思えましたが、中原さんの場合は正社員になれるかどうかという生活がかかったゴールのために賭けている感じで、これは知的好奇心とは全然別次元の重さだなと聞いていて思いました。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
知的好奇心とは別次元の重さという言葉に、ちょっと恥ずかしくなりました。私はこれまで統計学を勉強するのも社内公募に落ちても「次があるし」と思えていましたが、結局失敗しても生活が壊れない場所にいたからなんですよね。栗本さんが資格支援の制度をずっと知らずにいたという話も、そもそも情報を取りに行く余裕自体が最初から誰にでも平等にあるわけではないと、今さら気づきました。学ぶ意欲の差を語る前に、賭けても崩れない土台があるかどうかをまず見ないといけない気がしています。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
「賭けても崩れない土台があるか」という整理、まさに私たちが企業に施策提案するときに抜け落ちている視点だと思いました。学習意欲を上げる研修とか公平な機会提供とか言う前に、そもそも失敗しても生活が壊れない人しか申請してこない仕組みになっていないか、正社員向けの制度設計から見直さないといけない気がします。処遇連動ばかり考えていた自分が恥ずかしいです。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
制度の中身で言うと、人材開発支援助成金には有期契約労働者向けの助成率をむしろ正社員より高く設定しているコースもあって、非正規を排除する作りにはなっていません。ただ執行率が令和5年度で32%と低いのを見ると、制度が使われる手前で止まっているのは事実です。企業が対象人数を決める段階で非正規を最初から外しているとしたら、いくら助成率を高くしても声がかからない限り意味がない。企業経由の設計だけでなく、教育訓練給付金のように個人が直接使える制度の方に軸足を移す議論をもっと本気で考えないといけないと思いました。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
執行率の数字は正確には分かりませんが、企業経由の設計だけの話ではないと感じます。教育訓練給付金は個人で直接申請できる制度なのに、相談に来る方の多くが「そんな制度があるとは知らなかった」と言います。雇用保険に入っているかとか対象講座かとか、自分で調べに行かないと存在に気づけない設計だから、個人が直接使える制度でも結局「対象だと知る経路」がないと同じことが起きる。企業が対象人数を絞る手前の話と、個人がそもそも制度の存在に気づけない話は分けて考えないといけない気がします。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
社内のキャリア面談は正社員には制度として案内が回りますが、非正規スタッフに教育訓練給付金のような公的制度を人事から声かけて案内できているかと聞かれたら、うちも怪しいです。制度を知っている側が黙っていたら、対象かどうか自分で調べに行く手前で終わってしまう。案内する役割を企業が引き受けるべきだと今の話で思いました。
司会
中原さん、医療事務や簿記を学んでも正社員登用に直結する保証がない今の雇用構造そのものが、学び続けようという気持ちの強さや続けやすさにどう影響していると感じますか?
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
広田さんは失敗しても知識は残るからダメ元でいいと言っていましたが、私の場合は違って、正社員になれるかどうかという生活そのものがかかっているから、対象外でしたという結果になったら交通費も教材費も時間も全部losだと思ってしまいます。ゴールが見える保証がないまま、疲れた体で毎日ちょっとずつ調べ続けるのは、モチベーションを保つのが本当に難しい。それでも心のどこかで諦めきれなくて続けている、それが今の正直なところです。
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
ゴールが見えないまま調べ続けるしんどさは、聞いていて他人事ではないと思いました。うちみたいな45人の会社だと正社員登用も昇格もポストの数が決まっていて、非正規の人だけでなく今いる正社員だって学んだ先に何があるか、こちらがはっきり示せていないんです。だから対象外だったで終わるのと同じで、資格を取っても椅子が空かなければ意味がないとなる。これは雇用形態の差以前に、うちが学びの先を用意できていない責任だと今さら気づかされています。
栗本 誠一 自己啓発を行わない一般労働者
椅子が少ないのは会社の限界だと認めてもらえるのはありがたいけど、それを聞いて現場の気持ちがすぐ切り替わるかというと、正直そう簡単ではないんだよな。何年も「頑張っても意味ない」という空気で過ごしてきたら、後から構造の話をされても「今さら言われても」という気持ちの方が先に出てしまう。頭で分かるのと、体に染み付いた諦めが抜けるのは別問題なんだよ。
司会
中原さん、非正規という立場そのものに伴う時間と経済の制約に絞ってお聞きしたいのですが、シフト勤務や収入の不安定さは、学びたい講座を選ぶ段階や学習時間を確保する段階で、具体的にどんな形で足かせになっていますか?
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
シフトは早番も遅番もあって毎週バラバラなので、決まった曜日に何かをやるということ自体が難しいのは事実です。ただ調べてみたら、非正規向けにオンラインのeラーニング形式で受講できる職業訓練が今年の8月から本格的に始まるようで、受講料も数千円くらいで、時間や場所に縛られないと書いてありました。正直「本当に自分でも続けられるのかな」と半信半疑ですが、こういうのが増えてきているなら、隙間時間しか使えない自分でも一歩踏み出せるかもしれないと思います。ただ選考面談もあるようで、そこで対象外と言われないかがちょっと不安です。
ITエンジニアに見る職種による学びの違い
司会
同じITエンジニアという職種でも、先端分野に携わる人はそうでない人より学習時間が長いという調査結果があります。広田さん、AIやデータサイエンスの領域で働く人が特に学び続けているのは、どんな事情があるとお考えですか?
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
技術サイクルの速さもありますが、勉強会で発表すると次の仕事の声がかかったり、社外の人脈が転職や案件につながったりする実感があるのが大きいです。学びがそのまま機会に直結しやすい構造がある。ただこれは発信できる余力や場に出ていける立場の人だけの話で、恩恵を受けているのは一部なんだろうなとは思います。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
それは正社員の中でも起きている気がします。私が週末にビジネススクールへ通えたり勉強会に顔を出せたりするのは、独身で子どももいないから時間の使い方に融通が利きやすいという面が正直あります。もちろん子育てしながらでも工夫して学び続けている人はいますが、私はその条件に助けられている部分が大きい。発信できる余力の手前に、まず生活の余力があるかどうかの差があるんだろうと思います。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
広田さんの話は業界特性だけでなく、学んだことを発信できる場が用意されているかどうかの差でもあると思います。ITには勉強会やカンファレンスで発表する文化がありますが、営業やバックオフィスの人がリスキリングしても、それをアピールする社内の場すら用意されていない会社が多い。仕組みがないから、発信するという発想自体が生まれないんです。
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
仕組みの有無だけでなく、拾う側が興味を持ってくれるかどうかも大きいです。うちの会社でも、勉強会での発表を上司がちゃんと聞いてフィードバックをくれる場合と、右から左に流される場合がある。後者だと、どれだけ発信しても評価にも自信にもつながりません。仕組みを作っても、最後は見る人次第になってしまう気がします。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
仕組みを作っても拾う側次第、というのはまさに政策的にも悩んでいるところです。指導人材不足は統計上よく出ますが、あれは教える技術の話だけでなく、拾い評価する余力があるかどうかの話でもあります。中小企業では上司自身が現場仕事とマネジメントを兼務していて、フィードバックの時間が物理的に取れないケースも多い。本人の資質の問題というより、評価に割ける可処分時間の欠如という別の資源不足なんだと思っています。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
時間の問題だけでなく、うちに相談に来る中小企業の管理職の中には、部下から資格取得の報告を受けても『それで何が変わるの』と本人も分かっていないケースが結構あります。評価者訓練は受けていても、それは業績評価のやり方であって、学びをどう拾って言葉にするかは別の技術なんだと思います。時間の資源不足に加えて、拾い方の型を知らないというもう一段別の壁もあるのではないでしょうか。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
拾う側の反応で結果が決まるという話を聞いて思ったのですが、それは『拾う力』を評価する仕組みが今どこにもないからではないでしょうか。管理職の評価項目に、部下の学びをちゃんと聞いてフィードバックしたかという軸が入っている会社は、正直ほとんど見たことがありません。管理職研修をどれだけ頑張って作っても、受講の有無と実際に部下の話を拾っているかは別問題で、そこが評価されない限り、真面目にやる人とやらない人の差は埋まらない気がします。
司会
広田さん、技術サイクルの速さや発信が機会につながる構造以外に、先端IT分野特有の学習内容そのもの―例えば新しい技術を試さないと業務についていけないという切迫感が、非先端分野の人と比べて学習時間の差を生んでいる部分はありますか?
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
切迫感はあると思いますが、それだけで学習時間の差を説明するのは違う気がします。新しいライブラリやモデルが出ても実際に本番導入するかは別の話で、むしろ失敗するケースの方が多いという調査もあるくらいです。うちも新技術を試すのは業務時間の一部で、それ以外の広く浅い情報収集の時間の方が実は長い。だから絶対量の差というより、常に手を動かして試す前提の学び方かどうかという内容の性質の違いだと思います。非先端分野の人が学んでいないという話とは別軸のはずです。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
試す前提かどうかという学び方の違いは確かに大事だと思って聞いていました。実は営業やバックオフィスでも、カイゼン活動やDX推進の文脈で失敗を糧に試行錯誤する仕組み自体は各社で作られてきています。ただ実際には、制度はあっても現場は『とりあえず前例通りにやっとけ』で終わることが多い。IT以外の職種でも、小さく試して振り返る時間を意図的に業務設計へ組み込まないと、制度だけあっても学び方自体は変わらないと感じます。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
それはよく分かります。私たちが提案するときも『試して振り返る時間を業務に組み込みましょう』と言うだけでは定着せず、『月1回30分、振り返りだけする会議のやり方』のように具体的な型として渡さないと、現場は結局前例踏襲に戻ってしまいます。仕組みと運用の間に、もう一段『型』が必要なんです。
司会
広田さん、試して振り返るという学び方が先端IT分野で当たり前になっているとして、そもそもそれが業務として認められ時間として確保されやすいのはなぜだと思いますか?会社の期待値や評価の仕方が非先端分野と違う、という部分はありますか?
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
評価が崩れないというのは確かにあるかもしれません。新しいライブラリを試して失敗しても、検証にかけた時間や費用は無駄になりますが、それでも『試したこと自体は責められない』空気がある。それより、その検証がビジネス判断にちゃんとつながったかどうかの方が見られている感じです。逆に営業の方だと、試した結果が数字に直結するので、失敗が即マイナス評価になりやすいのかもしれません。土台の話は確かにそこな気がします。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
評価が崩れないかどうかで学び方の質が変わるというのはその通りだと思います。ただ助成金でその評価文化そのものを直接動かすのは難しく、うちが用意できるのは訓練費用の補助や対象講座の指定までです。失敗しても評価が下がらない空気は制度要件で作れるものではなく、吉沢さんが言っていた『資格を取っても上司が意味を分かっていない』ケースとも根っこは同じで、評価する側が学びの中身を理解して受け止める土壌がないと、どんな仕組みを用意しても機能しないんだろうと感じています。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
評価者訓練は、うちの相談者を見ていても、業績評価のやり方は教わっていても、部下の学びの話をどう受け止めてどう返すかという技術は別扱いされている気がします。だから資格取得の報告を受けても『それで何が変わるの』で終わってしまう。失敗が評価に響くかどうかという土台の差は、学習量の差だけでなく、学ぶこと自体を諦めるかどうかの分かれ目にもなっている気がします。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
評価者訓練が別扱いされている理由は、実務側から言うと単純です。管理職評価のシートを作るとき、業績数値は簡単に埋まりますが、『部下の学びを拾って対話したか』という項目は定量化しようとすると途端に手が止まる。結局『傾聴力:良好』のような曖昧な一行になり、査定への影響力もほぼゼロです。作る側も本気で測る自信がないまま、形だけ入れているのが実態です。
司会
広田さん、評価者側の受け止め方の話とは別に、先端IT分野では新しい技術情報が公開されてから使えるようになるまでの時間が短く、学ばないと業務で使う共通言語自体についていけなくなる、という切迫感の強さも学習時間の差を生む一因としてありますか?
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
共通言語についていけなくなる不安は正直あります。ChatGPTなど生成AIの話題で会話に置いていかれると焦る瞬間はある。ただそれは非先端分野の人にも実はあり得るはずで、業界の切迫感の差というより、その情報が自分の仕事にどう跳ね返るかを自分ごととして想像できるかどうかの差だと思います。うちは失敗しても許される空気があるから試して確かめられますが、非先端の人は同じ危機感を持っていても試す場自体がないんじゃないでしょうか。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
私の場合、試す場があるかどうかより、学んだことを試せる機会が来るタイミングの遠さの方が引っかかります。統計を勉強しても、実際に商品企画で数字を根拠にした提案が通るのは四半期に一回あるかないか。エンジニアの方は今日試して明日結果を見られますが、こちらは学んだ知識が実務に反映されるまでのサイクル自体が長い。切迫感より、学んだことがすぐ使えるかどうかの近さが、学習継続のモチベーションに響いている気がします。
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
うちの金属加工の現場だと、条件を変えて削って寸法が出るか試すのは数日単位でできます。四半期に一回というサイクルの長さとは違う。ただそれだけ試せていても、その試行錯誤を記録にも評価にも残してこなかったのはこちらの怠慢です。サイクルの長さより、拾って残す気があるかどうかの方が効いている気がしてきました。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
その試行錯誤は、研修的に見たら立派な学びなんです。総務省の調査だと社会人の学習時間は1日平均7分ほどらしいですが、これは机に向かって勉強した時間しかカウントしておらず、現場で条件を変えて寸法を出す作業などは絶対入っていないはずです。『学ばない日本人』という数字の裏で、拾われずに消えている学びがどれだけあるのかと考えると怖くなります。記録に残す気があるかどうかで、統計上ゼロだった人が急に学習者に変わるかもしれない。測り方自体を疑った方がいい気がしてきました。
司会
広田さん、記録に残る学びと残らない学びの話が出ましたが、先端IT分野では検証ログや技術記事など学習の跡が自然と形に残りやすい構造がある一方、それが学習時間そのものの長さにも影響していると感じますか?
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
実は残っているのは一部だけです。GitHubに上げたコードや技術ブログは確かに形になりますが、業務時間の大半を使っている広く浅い情報収集、例えばTwitterで技術者の投稿を眺めたり論文を斜め読みしたりというのは、頭には残っても記録には残りません。福山さんが言っていた『学びが拾われずに消えている』のと同じ現象がうちの業界にもあって、目立つ部分だけ見て学習時間が多いと錯覚している可能性は正直あると思います。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
それを聞いて思ったのが、営業やバックオフィスの人はその『広く浅い情報収集』をしていないのではなく、しているけれど学びだと自覚していないだけなのではないかということです。業界ニュースを眺めたり競合の値付けを調べたりは普通にやっていますが、本人は仕事の一部としか思っておらず『勉強した』にカウントされない。IT業界では技術記事を眺めるのは学習だという認識がありますが、営業の情報収集は学習だと思われていない分、統計にはもっと深く沈んでいる気がします。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
営業の情報収集が学習と自覚されていないという話は、政策の側から聞くと痛いところです。能力開発基本調査は本人の自己申告ベースなので、本人が学習だと思っていない行為はそもそも調査票に書かれずに終わります。IT業界と営業職で学習時間に差があるという数字自体、業種ごとに何を学習と呼ぶかの共通認識がバラバラなまま一つの物差しで測っている可能性があり、統計の設計をもう一段疑う必要があると思っています。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
自己申告ベースだという話は、相談現場でも同じことが起きている感覚があります。面談で『何か学んでいますか』と聞くと、資格取得や研修受講のような名前がついたものしか出てきません。実際は現場で条件を変えて試したり、クレーム対応で工夫したりということが絶対あるはずなのに、本人が『これも学びです』と言語化できていないから出てこない。広田さんが言っていた技術ブログのように形になる仕組みがない職種は、本人の中でも学びとして名付けられないまま埋もれている気がします。
司会
広田さん、統計の測り方の話とは別に、そもそも先端IT分野では新しい技術を学ばないと転職市場での評価や給与に直結しやすいという構造があると思いますが、そうした市場からの圧力の強さも学習時間の絶対量を増やす要因になっていますか?
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
転職市場の圧力はそんなに単純ではない気がします。実はうちの業界、AIやクラウドの領域は人手不足でむしろ売り手市場なので、転職に焦って学ぶという感覚は薄いんです。それより、試して失敗しても評価が崩れにくい空気があるかどうかの方が大きい。ただこれもDX推進に本気の会社だから成立している話で、普通の日本企業だと減点主義の方が根強いはずです。市場圧力の強さより、失敗を許容する文化があるかどうかで試す量が変わる、というのが自分の実感に近いです。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
それはDXに本気で舵を切った会社だから成立している話で、多くの日本企業はまだ減点主義が根強いです。試して失敗したら評価が下がる仕組みのままだと、心理的には試行を避けるのが合理的な選択になってしまう。うちが評価制度で『挑戦したこと自体を可点化する』方向に手を入れたのも、そこが変わらないと試す量は増えないと思ったからです。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
挑戦を可点化するという話はいいなと思う一方、可点化できるのは挑戦の中身が見える職種が前提だとも思います。私の商品企画の仕事だと、統計を学んで提案しても通るかどうかは四半期に一回で、通らなかった提案が『挑戦した記録』として残ることはほぼありません。エンジニアの検証ログのように形にならない挑戦を、評価する側もどう拾えばいいか分からないのではないでしょうか。処遇に紐づける前に、見えない挑戦をどう見えるようにするかの方が先な気がします。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
見えない挑戦をどう拾うかという話は、営業提案でもまさに同じ壁にぶつかります。可点化しましょうと企業に提案しても、結局『成約した提案』しか記録に残らず、通らなかった提案や断られた後の切り返しの工夫は評価シートに乗りません。処遇に紐づける設計を急ぐ前に、失敗した挑戦を上司に話しても大丈夫だという空気があるかどうかの方が先だと思います。
司会
広田さん、これまでの話を踏まえると、先端IT分野では試行錯誤が許容される文化・失敗が評価に響きにくい構造・情報の陳腐化速度の速さなど複数の要因が挙がりましたが、その中で学習時間の絶対量そのものを一番押し上げているのはどれだと感じますか?
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
一つに絞るのは難しいのですが、この二つは別軸ではなく順番がある気がしています。うちの分野はフレームワークやライブラリのアップデートが本当に頻繁で、キャッチアップし続けないと置いていかれる感覚があります。その速さがあるからこそ、試して外れても責めない空気を意識的に作らないと誰も試さなくなる。文化だけを切り出して語ると、なぜその文化が必要になったかという背景が抜け落ちる気がします。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
順番があるという整理は政策側からすると重要な指摘です。変化の速さという環境圧力が先にあるから失敗許容文化が要請されるという話ですが、うちの能力開発基本調査にはその環境圧力の強さ自体を測る項目がありません。文化だけ切り出して『挑戦を評価しましょう』と他業種に持っていっても、変化が緩やかな業種では必要性の実感が湧かず定着しない気がします。吉沢さんが言っていた、面談で資格や研修しか学びとして出てこないという話も、本人にとって切迫感のない学びは名付けられないまま埋もれるということなのかなと、今つながった気がします。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
切迫感があっても、それを拾って言葉にしてくれる相手がいなければ結局埋もれるというのは、面談でも本当にそう感じます。IT分野の学習量の多さも、変化の速さだけでなく、技術ブログやSNSで試行錯誤を発信すると誰かが反応してくれる文化が根付いている、その積み重ねが大きいのではないでしょうか。営業や企画の人は、同じくらい切迫感を抱えていても、それを話す相手も残す場所もないため、名付けられずに消えていく気がします。
司会
少し話を広げます。同じITエンジニアでも、AI・データ分野のような先端領域と、社内の保守運用や既存システムの改修を担う職種とでは、学ぶ必要性の切実さや自己研鑽の文化にかなり差があるはずです。広田さん、同じ業界内でもそうした職種による温度差はどこから生まれると思いますか?
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
温度差は、変化の速さより「変化させないことが評価される」構造の違いな気がします。保守運用のチームでは、既存システムを絶対壊さないことが最優先で、新しいツールを勝手に試すこと自体がリスク扱いされがちです。うちは動くものを壊してでも試す方が偉い文化ですが、あちらは触らない方が評価される。同じ会社でもここまで温度差が出るのは、変化の速さより「触っていいかどうか」の空気の違いなのではないでしょうか。
討論を終えて〜参加者の所感
栗本 誠一 自己啓発を行わない一般労働者
椅子が少ないのは会社の限界だと香西さんが認めてくれたのを聞いて、ずっと自分の意欲や損得だけの問題だと思い込んでいたけど、実はそっちにも限界があったんだなと思い直した。
あと、声かけひとつなら予算もいらないと言われて、それは確かにそうなんだけど、うちの現場でそれが起きないのは、拾う側の上の人間も同じように疲れて余裕がないからなんじゃないか、そこが一番引っかかっている。
中原さんが手探りで確認し続けている話を聞いて、俺が動けないのも意欲がないからじゃなくて、確認する気力すら残っていないだけなのかもしれないと思えて、そこはちょっと救われた気持ちにもなった。
あと、声かけひとつなら予算もいらないと言われて、それは確かにそうなんだけど、うちの現場でそれが起きないのは、拾う側の上の人間も同じように疲れて余裕がないからなんじゃないか、そこが一番引っかかっている。
中原さんが手探りで確認し続けている話を聞いて、俺が動けないのも意欲がないからじゃなくて、確認する気力すら残っていないだけなのかもしれないと思えて、そこはちょっと救われた気持ちにもなった。
芳村 美咲 自律的に学習・自己啓発を行う労働者
中原さんの話を聞くたびに、自分がずっと語ってきた「学習時間の差」や「意識高い系って思われるのが嫌」といった悩みが、そもそも学びの土俵に乗れている前提の上での贅沢な悩みだったんだなと、何度も突きつけられた気がします。
処遇に紐づけてほしいとずっと思っていましたが、それは失敗しても生活が壊れない場所にいるからこそ挑戦できていただけであって、中原さんにとっての学びは正社員になれるかどうかの賭けそのものなんですよね。
社内公募制度についても、意欲とスキルがあれば誰でも挑戦できると信じていましたが、その情報が降りてくる導線に乗っている人だけの話なのかもしれないと思うと、正直足元が少しぐらつく感覚があります。
とはいえ、だからといって自分が今の学び方をやめるべきかというと、それも違う気がします。この構造の話と、自分個人がどう学び続けるかは分けて考えないといけないんだろうなと、まだ整理しきれていないところです。
処遇に紐づけてほしいとずっと思っていましたが、それは失敗しても生活が壊れない場所にいるからこそ挑戦できていただけであって、中原さんにとっての学びは正社員になれるかどうかの賭けそのものなんですよね。
社内公募制度についても、意欲とスキルがあれば誰でも挑戦できると信じていましたが、その情報が降りてくる導線に乗っている人だけの話なのかもしれないと思うと、正直足元が少しぐらつく感覚があります。
とはいえ、だからといって自分が今の学び方をやめるべきかというと、それも違う気がします。この構造の話と、自分個人がどう学び続けるかは分けて考えないといけないんだろうなと、まだ整理しきれていないところです。
香西 修平 従業員の学習支援に消極的な企業経営者
研修費用がどうこう言う前に、うちは社員が何を学んでいるかすら見てこなかったし、記録にも残してこなかった。それが一番痛かったですね。
技術は見て盗めって育ってきたから、暗黙知は仕方ないと割り切ってましたが、加工記録や段取りメモに残すだけでも評価の材料になると聞いて、そこはやれることだったんだなと気づかされました。
椅子が少ないから上げようがないという理屈も、結局は構造のせいにして、声をかけることひとつサボってきた言い訳だったのかもしれません。金の使い方より先に、俺自身が学びを軽く見てきた態度を変えないと、何をやっても同じ気がしてきましたよ。
技術は見て盗めって育ってきたから、暗黙知は仕方ないと割り切ってましたが、加工記録や段取りメモに残すだけでも評価の材料になると聞いて、そこはやれることだったんだなと気づかされました。
椅子が少ないから上げようがないという理屈も、結局は構造のせいにして、声をかけることひとつサボってきた言い訳だったのかもしれません。金の使い方より先に、俺自身が学びを軽く見てきた態度を変えないと、何をやっても同じ気がしてきましたよ。
川瀬 由紀恵 人的資本経営を推進する企業人事担当者(人事部長)
評価に紐づける制度をどう作るか、ずっと考えてきました。でも、それより手前に『安心して失敗や挑戦を口にできる空気があるかどうか』という課題があるのだと、今日の話を聞きながら何度も突きつけられた気がします。
特に非正規の方の話が印象的でした。動機の問題と、機会にたどり着けるかどうかの問題を、『学習意欲』という一つの言葉でずっと混同してきたのだと気づかされました。うちの会社の研修案内が正社員だけを前提に作られていないか、帰ったらまず確認したくなりました。
あと、椅子の数が決まっている中小企業の限界と、うちのように設計を変える裁量があるはずの会社の不作為を、同じように語ってはいけないとも思いました。そこは人事として、ちゃんと重く受け止めないといけないですね。
特に非正規の方の話が印象的でした。動機の問題と、機会にたどり着けるかどうかの問題を、『学習意欲』という一つの言葉でずっと混同してきたのだと気づかされました。うちの会社の研修案内が正社員だけを前提に作られていないか、帰ったらまず確認したくなりました。
あと、椅子の数が決まっている中小企業の限界と、うちのように設計を変える裁量があるはずの会社の不作為を、同じように語ってはいけないとも思いました。そこは人事として、ちゃんと重く受け止めないといけないですね。
毛塚 隆之 厚生労働省 人材開発政策課 課長補佐
企業経由の助成金を主軸にしてきた自分たちの設計そのものが、商談の段階や対象人数の決め方の時点で、非正規を最初から視野の外に置いてきた可能性がある。これは正直かなり重く受け止めています。
制度が存在することと、自分がその対象だと気づけることは別問題です。教育訓練給付金のように20年前からある個人直接申請の制度でさえ使われていない現実を見ると、周知経路をどう作るかは制度設計と同じくらい真剣に考えるべきことなのだと思い直しました。
さらに、能力開発基本調査のような自己申告ベースの統計は、本人が学習だと自覚していない行為を最初からこぼしている可能性があります。統計を出発点にしてきた自分の仕事のやり方そのものを、一度疑ってみる必要がありそうです。
制度が存在することと、自分がその対象だと気づけることは別問題です。教育訓練給付金のように20年前からある個人直接申請の制度でさえ使われていない現実を見ると、周知経路をどう作るかは制度設計と同じくらい真剣に考えるべきことなのだと思い直しました。
さらに、能力開発基本調査のような自己申告ベースの統計は、本人が学習だと自覚していない行為を最初からこぼしている可能性があります。統計を出発点にしてきた自分の仕事のやり方そのものを、一度疑ってみる必要がありそうです。
中原 沙耶 学習意欲はあるが制約の多い非正規雇用の労働者
椅子の数が足りないから正社員でも学びの先が見えない、という話を聞いて、自分の中で結構整理がついた気がします。正社員でも昇進枠がなくて諦めが染み付くという話がありましたが、私の場合はその手前で、そもそも挑戦させてもらう機会自体が来ていないんだなと感じました。
意欲があるかないかの話ではなく、土台があるかないかの差なんだと、芳村さんの話などであらためて言葉にできた気がします。制度があっても、対象かどうか確認する余力すら残っていないというのも、自分だけの甘えではなく、みんな似たようなところで詰まっているんだと知れたのは、ちょっと救いでした。
意欲があるかないかの話ではなく、土台があるかないかの差なんだと、芳村さんの話などであらためて言葉にできた気がします。制度があっても、対象かどうか確認する余力すら残っていないというのも、自分だけの甘えではなく、みんな似たようなところで詰まっているんだと知れたのは、ちょっと救いでした。
広田 拓海 ITエンジニア(AI・データエンジニア)
GitHubのコミット履歴や勉強会登壇といった可視化の仕組みを、私はずっと『これこそフェアな評価軸だ』くらいに思っていました。ですが中原さんや芳村さんの話を聞くうちに、あれは結局、学習の機会をすでに与えられている人にしか使えない物差しだったのだと気づかされました。そもそも土俵に乗れていない人からすれば、可視化しろと言われること自体が的外れなのだと思います。
また、自分の業界の学習時間が長いのも、変化の速さや市場価値の違いというより、試して失敗しても評価が崩れないという空気があるかどうかの差にすぎないのかもしれない、と考えるようになりました。正直なところ、これまで語ってきた『危機感を持って学べ』という話も、恵まれた土台の上に立って言っていただけかもしれないと反省しています。
また、自分の業界の学習時間が長いのも、変化の速さや市場価値の違いというより、試して失敗しても評価が崩れないという空気があるかどうかの差にすぎないのかもしれない、と考えるようになりました。正直なところ、これまで語ってきた『危機感を持って学べ』という話も、恵まれた土台の上に立って言っていただけかもしれないと反省しています。
福山 千夏 企業向け研修サービス事業の営業企画責任者
評価制度や処遇連動の設計ばかり考えてきた自分にとって、中原さんの「賭けても崩れない土台があるかどうか」という話が一番効きました。研修を提案するとき、失敗しても生活が壊れない人だけが申請してくる仕組みになっていないか、恥ずかしながら今まで考えたことがなかったんです。
広田さんの技術ブログの話も、結局は土俵に乗っている人の話でしかなかったという気づきに、すごく共感してしまいました。可視化や処遇連動を急ぐ前に、そもそも選択肢に乗れているかどうかの段差を見なければいけない。そう気づいて、営業提案の前提から見直したくなりました。
広田さんの技術ブログの話も、結局は土俵に乗っている人の話でしかなかったという気づきに、すごく共感してしまいました。可視化や処遇連動を急ぐ前に、そもそも選択肢に乗れているかどうかの段差を見なければいけない。そう気づいて、営業提案の前提から見直したくなりました。
阿部 久美子 労働者の家族(配偶者)
主人がゴロゴロしているのを、ただの怠け癖だとずっと思っていました。でも、それが「見られていない」という実感の積み重ねの結果なのかもしれないと考え出したら、なんだか申し訳ない気持ちになってきて。
制度や会社がどうとかという話の前に、家で私自身がちゃんと興味を持って聞いてこなかったんじゃないか。今さらですが、そこを反省しています。
かといって、聞く側の私にも疲れている日はあるわけで、そこを一人で全部背負い込むのもしんどいなとは思います。とりあえず今日から、「今日どうだった」くらいはちゃんと聞いてみようかなと思いました。
制度や会社がどうとかという話の前に、家で私自身がちゃんと興味を持って聞いてこなかったんじゃないか。今さらですが、そこを反省しています。
かといって、聞く側の私にも疲れている日はあるわけで、そこを一人で全部背負い込むのもしんどいなとは思います。とりあえず今日から、「今日どうだった」くらいはちゃんと聞いてみようかなと思いました。
吉沢 智之 国家資格キャリアコンサルタント
処遇に結びつけろとずっと言い続けてきましたが、中原さんや芳村さんの話を聞いて、それは賭けに出ても生活が崩れない人を前提にした議論だったんだなと気づかされました。同じ『学び』という言葉を使っていても、失敗してもただ知識が残るだけの学びと、生活そのものを賭けている学びとでは、重さが全然違います。そこを分けずに処遇連動と一括りにしていたのは、自分の主張の詰めが甘かったなと思います。
あと、椅子の数が決まっている中小企業の話も刺さりました。処遇改善と言っても、そもそも昇進のポストが無いなら、承認や居場所感といった別の軸まで含めて語り直さないと、現場の人には届かない話になってしまうんだろうなと感じました。
あと、椅子の数が決まっている中小企業の話も刺さりました。処遇改善と言っても、そもそも昇進のポストが無いなら、承認や居場所感といった別の軸まで含めて語り直さないと、現場の人には届かない話になってしまうんだろうなと感じました。