再審制度見直し法成立 何が変わり、何が変わらないのか

2026年7月27日
1948年に現行の刑事訴訟法が制定されて以来初めて、再審の仕組みに手が加えられました。書き換えられたのは大きく二点です。無罪を求める人に対して検察が持つ証拠をどこまで開示するか、そして裁判所が再審開始を認めた判断に検察がどこまで異議を唱えられるか。この二つが法律の条文として改められました。背景には袴田巌さんの事件などがあったことも広く知られています。 しかし、成立を受けた記者会見では袴田さんの姉が「がっかりだ」と語り、弁護士や新聞協会からも異論の声が上がっています。戦後初めて変わったこの制度は、いったい何を変え、何を変えなかったのでしょうか。
この討論は、実在の人物ではなく、AIが生成したペルソナによるものです。多様な立場をなるべく忠実に再現できるようリサーチに基づいて設計していますが、現実の意見や多様性を完全に反映するものではありません。

再審制度はどう変わるのか

司会
改正法では検察官の不服申し立ては「原則禁止」としつつ「十分な根拠がある場合」は認める例外が残り、証拠開示も「請求理由に関連するもの」に限定されました。三笠さん、この二つの「限定」は実際の再審のやり直しにどれくらい影響しそうでしょうか?
三笠 恵子 再審事件専門の弁護士
袴田さんの事件で説明すると分かりやすいと思います。静岡地裁が再審開始を決めたのに検察が抗告し、無罪確定まで何年もかかりました。今回、「十分な根拠がない」と裁判所が判断すればすぐ抗告を却下できる仕組みにはなっています。ですが、検察が「根拠がある」と主張して抗告そのものを出してくる限り、その判断に時間がかかる構造は変わりません。証拠開示も同じで、「請求理由に関連する証拠」と言われても、弁護側は検察の手元に何があるか分かりません。結局、検察が「これは関連ない」と線引きすること自体は防げていない。そこが一番もどかしいところです。
日高 奈津美 野党議員(再審法改正を推進する議員連盟メンバー)
まさにそこで、なぜ「関連あるかないか」を判断する権限が検察官側にしかないのか、そこが根本的におかしいんです。弁護士だった頃から、まず検察官が持っている証拠のリストを全部先に出させるべきだと言ってきました。何を持っているか分からない相手に「関連性を主張しろ」というのは無理な話です。袴田事件でも、5点の衣類の血痕鑑定など、後から出てきた証拠が決め手になりました。最初からリストがあれば、あそこまで長引かなかったはずです。
生井田 敏子 「再審法改正をめざす市民の会」事務局長
リスト開示は確かに大事です。でもリストだけあっても、それを掘り起こして検討する人手が必要です。袴田さんのみそ漬け実験も、弁護団だけでなく支援者が動いて出てきたもの。最終的に関連性を決めるのは裁判所でも、検察がどう証拠を選んで出すかで実質左右されてしまいます。だから目的外使用禁止も同時になくさないと、支援者が証拠を見て考える力そのものが封じられてしまうんです。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
目的外使用禁止の話は、正直これが党内でも一番割れたところなんです。被害者遺族の名誉やプライバシーをどう守るかという声と、支援者が独自に調査を重ねて真実に迫ってきたという実績、両方否定できません。だから運用でバランスを取るしかないという判断でしたが、この論点自体は5年後見直しの検討対象にも入れています。今の規定で十分かどうかは、これから運用を見ながら議論すべきだと思っています。
沖山 亮太 全国紙司法担当記者
「運用を見ながら議論」と言われると、記者としては正直不安になります。検察が『関連ない』と線引きした証拠は、そもそも我々の目に入りません。開示されなかった証拠の存在自体を、外部の人間がどう検証すればいいのか。取材で弁護団に聞いても『あるはずなのに出てこない』という感覚的な話にしかなりません。5年後の見直しに向けて萎縮効果を報じろと言われても、萎縮して黙ってしまった人には取材できないんです。この非対称性、どう埋めるつもりなのか聞きたいです。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
その非対称性は、正直こちらも埋めきれないというのが実務上の限界です。理由公表を義務化しても、それは検察が『抗告する』と決めた後の話で、萎縮して声を上げなかった支援者や、開示されなかった証拠そのものは国会の監視でも見えてきません。数字で測れないものを制度でどう補うかは、正直まだ答えを持っていません。だからこそ運用実績を厳しく見て、5年後の見直しで証拠リスト開示まで踏み込むしかないと思っています。
畝原 健太 法律系ニュースをよく読むシステムエンジニア
沖山さんの『開示されなかった証拠の存在自体が見えない』という話は、システムで言うとログが残っていないから障害調査ができない状態と同じです。答えを持っていないなら、せめて検察が抗告した件数、その理由の分類、証拠開示を拒否した件数くらいは機械的に集計して公開させるべきだと思います。それすら義務化されていないなら、5年後の見直しも結局『感覚的にはこう』という話にしかなりません。
沖山 亮太 全国紙司法担当記者
件数の集計自体は最低限やるべきことで、賛成です。でもログの例えで言うと、そもそも『残らないログ』があるのが今回の問題なんです。検察が抗告した件数は数えられても、抗告しなかった、あるいは弁護団が萎縮して抗告される前に取り下げたようなケースは、統計に一切乗ってきません。証拠開示の拒否件数も同じで、拒否されたことすら弁護側が知らずに終わる場合もあると聞きます。数字を出すのは第一歩だけど、それで非対称性が解消したと思われるのが一番怖い。三笠さんが言った袴田事件の抗告の長期化も、結局『件数』では見えてこない実質的な時間の重みでした。
椋田 久美 裁判官(高等裁判所刑事部所属)
「残らないログ」という言い方は、実務をやっている側からすると耳が痛いところがあります。件数だけ集計しても、抗告に至る前の検察内部の判断過程や、裁判所が『十分な根拠がある』と認めた理由の実質は、今のままだと外から検証できません。私たちの側でも、抗告を認めるか退けるかの判断根拠をもっと具体的に書き込んで、後から検証可能な形で残す運用にしないと、5年後の見直しも結局印象論になってしまうと思っています。
別府 さゆり 子育て中の主婦(法律には詳しくない一般市民)
件数を公開すると言われても、そもそも私たちみたいな普通の主婦は、そういう資料が公開されていること自体を知らないし、見ようとも思わないんです。ニュースで大きく報じられなきゃ、存在すら気づきません。支援者の人たちが証拠を掘り起こして初めて世の中に伝わるという話もありましたけど、結局そういう専門の人たちがちゃんと見て噛み砕いてくれないと、数字だけあっても私たちには「見えている」ことにならない気がします。
郷田 照夫 再審無罪確定者(元死刑囚)
見えていないという感覚、それはその通りだと思いますよ。私の時だって、ただ紙切れが出てきたから救われたわけじゃない。弁護士や支援者が何年もかけて中身を読み込んで、これは無罪の決め手になると専門家に確かめてもらって、初めて意味を持ったんです。今度の法律だと、それを世間に伝えようとしただけで罰せられるかもしれない。証拠を見せてもらえても、それを噛み砕いて伝える人の口を封じてしまったら、あなたたち市民の目に届く前に全部消えてしまいますよ。
司会
三笠さん、条文の設計に立ち返って伺いたいのですが、「十分な根拠がある場合」という例外要件と、「請求理由に関連する証拠」という開示の限定、この二つの文言は具体的にどのくらい狭く運用されうる余地があるものなんでしょうか?条文上の歯止めとして機能する部分はあるんでしょうか。
三笠 恵子 再審事件専門の弁護士
条文上の歯止めは、正直に言うと機能しません。「十分な根拠」も「関連する証拠」も、最初にその判断をするのは検察官なんです。裁判所が最終的にチェックするとしても、まず検察が『これは根拠がある』『これは関連ない』と選別した後の話。日野町事件でも大崎事件でも、後から出てきた証拠が決め手になったケースが山ほどあります。つまり検察が最初の網から漏らしたものの中に無罪の証拠が眠っていた可能性がずっとあったということです。沖山さんが言っていた『開示されなかった証拠は見えない』というのは記者の実感でしょうけど、私たち弁護人も全く同じで、見えないものを『出せ』とは主張できない。そこが条文の一番の穴だと思います。
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
『網から漏らした』という言い方には少し引っかかります。今回の制度では証拠開示の命令自体は裁判所が出せるようになりましたが、それも『再審請求の理由と関連し、必要かつ相当』と裁判所が認めたものに限られます。そこの関連性の見方が検察と弁護側でずれることは制度上まだ残るでしょう。ただ、そのずれが後で問題になったとき、裁判所の判断に看過しがたい誤りがあれば、我々が『十分な根拠がある場合』の例外規定で是正の機会を求められる、その筋道自体は残しておくべきだと考えています。
日高 奈津美 野党議員(再審法改正を推進する議員連盟メンバー)
今の「看過しがたい誤りがあれば是正の機会を求める」という説明、それこそが問題そのものだと思うんです。誰が『看過しがたい』と判断するのか。結局また検察官なんですよ。裁判所が一度出した結論に、当事者でもない検察官が自分の目で『これは誤りだ』と判定して抗告する。原則禁止と言いながら判断権を検察官に残したままなら、それは原則でも例外でもなく、これまでと同じ構造がそのまま続くだけなんじゃないですか。
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
判断権が全部検察に残っているという言い方には引っかかります。抗告できるかどうかを最終的にチェックするのは裁判所であって、検察が主張したら通るわけではありません。しかも今回、審理は1年以内と期限も切られています。以前は検察官が自由に抗告できて、それが長期化の一因になっていたわけですから、原則禁止になったこと自体はかなり大きな変更だと思っています。理由の公表義務もあるので、根拠が薄い抗告を出せば世論と裁判所の両方から厳しく見られる。恣意的にやれば自分たちの信用を失うだけです。
梶谷 由美 殺人事件で妹を殺された遺族
「恣意的にやれば信用を失うだけ」と言われても、その信用が崩れるまでの間、私たち遺族は毎日不安を抱えて過ごすんですよね。郷田さんが言っていた、支援者が何年もかけて証拠を読み込んで初めて意味を持つという話、裏を返せば私たちの知らないところで何年も妹の情報が動いているということでしょう。制度論の是非は分かりませんが、その「筋道」が残る限り、私たちの生活の安心はずっと後回しにされている気がしてしまいます。
生井田 敏子 「再審法改正をめざす市民の会」事務局長
遺族の方の不安は本当にその通りだと思います。でも、その不安を埋めるために証拠開示や支援者の関与を狭めていったら、今度は冤罪で苦しんでいる側の不安がずっと放置されたままになるんです。袴田さんだって、支援者が証拠を読み込んで初めて突破口が見えてきました。制度の遅さや不透明さが、検察がどう運用するか次第で決まってしまう限り、遺族にとっても被害者にとっても、結局誰にとっても解消されないんじゃないかと思うんです。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
検察の運用次第で決まってしまうというのは、その通りだと思う部分もあるんです。だからこそ、5年後まで待つのではなく、今から抗告や証拠開示拒否の件数、その理由分類、判断過程を検証可能な形で残す運用を先取りして始めるべきだと思っています。郷田さんが言っていた、紙切れだけでなく支援者が読み込んで意味が生まれるという話も含めて、記録を残す仕組みがあれば5年後の議論も印象論で終わらずに済みます。制度の是非論と同時に、そこの実務的な手当てを今すぐ詰めるべきだと感じています。

証拠開示の範囲と目的外使用禁止規定の是非

司会
続いては証拠開示の範囲と目的外使用禁止規定について伺います。開示された証拠を裁判以外の目的で使うと罰則が科される仕組みですが、これによって当事者が支援者やマスコミに相談しづらくなるのではないかという懸念があります。生井田さん、現場で再審請求を支える立場からどう見ていますか?
生井田 敏子 「再審法改正をめざす市民の会」事務局長
まさに現場が一番怖がっているところです。袴田さんの事件で無罪の決め手の一つになったのは、支援者の主婦が自宅の台所で味噌樽に血染めのズボンと同じ布を漬け込んで、色がどう変わるか何年もかけて実験したことでした。あれは弁護団だけでは絶対できなかった。市民が証拠を見て、知恵を出して、一緒に検討したからこそ生まれたんです。今度の規定では、それをやったら罰則の対象になりかねない。支援者もマスコミも、証拠に触れたら「目的外使用」を疑われるから相談されなくなる。当事者が孤立していくのが一番の心配です。
畝原 健太 法律系ニュースをよく読むシステムエンジニア
味噌樽の話は、まさに外部レビューですよね。エンジニアの世界でも社内テストだけでは見つからないバグがあり、外に出したユーザーからの報告で初めて発覚するケースがある。証拠を開示しても、見た人が『これおかしいぞ』と声を上げられなければ、開示した意味の半分は死んでいると思うんです。目的外使用禁止は外部レビューする人の口を塞ぐようなもので、システムとしてはかなりまずい仕様に感じます。
沖山 亮太 全国紙司法担当記者
外部レビューの喩えは面白いですが、記者としてはもっと手前で止まる話だと思います。バグ報告のように証拠を見て気づいた後の話ではなく、証拠に触れた瞬間から相談すること自体が怖くなる。生井田さんの味噌樽実験も、あの主婦が今の法律の下だったら弁護団に協力を申し出る前に萎縮していたかもしれません。罰則の運用実態がどう出るか、施行後を丁寧に見ていく必要があります。
椋田 久美 裁判官(高等裁判所刑事部所属)
施行後の運用実態を見てからでは遅いと思います。弁護人が証拠を見て支援者に相談すること自体は昔からある弁護活動の一部で、それを止めれば弁護の質が落ちる。だから施行前の段階で、裁判所や検察が『目的外使用』をどこまで狭く解釈するのか、通達や運用指針の形で先に示しておくべきです。萎縮は起きた後に検証しても遅い。起きる前に歯止めの輪郭を見せておく必要があります。
別府 さゆり 子育て中の主婦(法律には詳しくない一般市民)
通達や運用指針を先に示すと聞くと安心しそうですが、それって結局裁判所や検察の中で作られるものですよね。私たちのような一般人がその中身を見て「これで大丈夫」と判断できる材料がどこにあるのか分かりません。専門家同士で決めて終わり、にならないか心配です。
椋田 久美 裁判官(高等裁判所刑事部所属)
ご指摘の通りで、専門家内で通達を作って終わりにしたら意味がありません。運用指針を出すなら、なぜそう解釈したのか、味噌樽実験のような支援活動は具体的にどこまで許されるのか、事例を挙げて市民に開示する責任が裁判所側にはあります。閉じた文書を出すだけでは『専門家が決めたから信じて』と言っているのと同じで、生井田さんが心配している萎縮は止まりません。
郷田 照夫 再審無罪確定者(元死刑囚)
事例を挙げて開示する責任が裁判所にある、というのは分かりますが、その線引きを結局は裁判所や検察がやるという話です。私の再審だって、支援者があの証拠をあれこれ検討してくれたから道が開けた。何がどこまで許されるか、線を引くのが向こう側だという時点で、私はもう信用できないんです。
三笠 恵子 再審事件専門の弁護士
線引きが向こう側にある限り信用できない、というのはその通りだと思います。だから運用指針や通達では足りないと考えています。通達は所詮内部文書で、政権が変われば運用も変わりかねない。一覧表の開示や目的外使用の範囲は、法律の条文そのものに書き込ませないと、結局また検察の裁量に戻ってしまう。5年後の見直しで、そこを絶対に取りに行かないといけません。
司会
証拠開示の範囲自体が『再審請求の理由と関連する証拠』に限定されている点について伺います。堅田さん、この限定によって、無罪を示しうる証拠が検察の手元に埋もれ続ける可能性はないですか?
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
畝原さんの外部レビューの話、感覚としては分かりますが、証拠は公開ソースコードのように全部並べればいいというものではありません。事件記録には被害者や第三者のプライバシー情報、事件と無関係な余罪の捜査資料まで混ざっています。今回の開示範囲が「請求理由と関連する証拠」に限定されたのは、無限定に埋もれさせたいという話ではなく、その線引きをどこでするかが結局は個々の事件記録の中身次第だということです。関連性の解釈が狭すぎれば批判の通り埋もれるし、広すぎれば無関係な情報まで出す羽目になる。ここの運用がまさに5年後に問われる焦点だと思います。
日高 奈津美 野党議員(再審法改正を推進する議員連盟メンバー)
「線引きは事件記録の中身次第」というその説明そのものが問題だと思うんです。誰がその線引きをするかといえば、結局検察官です。日野町事件も大崎事件も、後から決め手になった証拠は最初検察が『関連性なし』と判断して選別漏れしていました。運用の巧拙の話ではなく、判断権を検察が独占している設計そのものがおかしい。だから一覧表をまず全部開示させて、そこから弁護側が請求する仕組みに変えるべきです。
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
日野町や大崎で選別漏れがあったのは事実として認めます。それは重い。ただ、一覧表を全部先に開示させて弁護側に選ばせる仕組みに変えても、今度は無関係な第三者の個人情報や余罪の資料まで見える形で並ぶことになる。入り口を広げればその分、今度はその情報がどう扱われるかという別の問題が出てくるはずです。判断権を検察が独占しているのがおかしいという話は分かりますが、誰が線を引くのかを決めないまま全開示にすれば解決する、という単純な話でもないと思います。
梶谷 由美 殺人事件で妹を殺された遺族
聞いていて思うんですけど、全開示でも限定開示でも、結局「関連性がない」と弾かれた記録の中に、妹のような被害者や遺族の個人情報がどっさり入っているかもしれないですよね。無罪を示す証拠を探すこと自体は否定しませんが、その過程で私たちの情報がどちらの形でも動いていくという不安は、誰も拾ってくれていない気がします。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
今の指摘は正直、我々の議論に足りなかった視点だと思います。証拠開示を広げるか狭めるかという対立軸ばかり見てきましたが、遺族にとってはどちらの制度でも自分や家族の情報が動くという不安は消えません。これは検察と弁護側の綱引きだけでは解決できない話で、被害者・遺族への配慮をどう制度に組み込むかも、5年後の見直しの検討項目に加えるべきだと今聞いて思いました。無罪証拠の掘り起こしとプライバシー保護、両方を立てる工夫を次は詰めないといけません。
司会
三笠さん、日野町事件や大崎事件のように検察が『関連性なし』と判断して選別漏れした前例がある以上、今回の限定的な開示範囲のままで、無罪を示す証拠が今後も検察の手元に埋もれ続ける危険は具体的にどう防げると考えますか?
三笠 恵子 再審事件専門の弁護士
防げるかと聞かれたら、今のままでは防げないと答えます。日野町も大崎も、検察が『関連性なし』と判断した記録の中に、後で決め手になる証拠が埋もれていました。これは運用の巧拙の問題ではなく、検察が自分で選んで自分で除外する構造そのものがおかしいんです。一覧表をまず全部出させて、弁護側がそこから当たりをつけて開示請求する。この二段構えを条文に書き込まない限り、また同じ見落としが起きます。梶谷さんの不安については、開示範囲を広げるか狭めるかとは別に、遺族や第三者の個人情報の扱いだけ切り出して保護のルールを作るべきだと思います。両方一緒くたに議論すると、結局どちらの制度でも不安が残ったままになる。
畝原 健太 法律系ニュースをよく読むシステムエンジニア
証拠の中身の話とリストの話は分けて考えたほうがいいと思っていて。リストといっても標目に供述者の名前や診断書といった項目が乗っていて、それ自体プライバシー性がある場合もあるそうなんです。だから全部マスクなしで出せという単純な話ではなく、ラベル部分は伏せつつ存在自体は棚卸しできる設計にできないかなと。三笠さんの二段構え案に乗るなら、そのリストがどう作られたか、検察がどの基準で何を載せて何を外したか、その生成過程自体をログとして残させないと、結局リスト自体も検察のさじ加減で痩せ細ったものになる気がします。
三笠 恵子 再審事件専門の弁護士
標目にプライバシー情報が乗ることがあるという指摘はその通りだと思います。でも今の制度は、その標目そのものを弁護側が網羅的に見る権利がまだないんです。だから供述者名や診断書の有無を確認する機会自体が奪われたまま。伏せ方の議論の前に、まず一覧表を見る権利を条文に書き込むのが先です。その上で標目のどの部分を仮マスクするか、誰がどの基準で外したのかを記録に残させる。生成過程をログ化するという発想は、検察の裁量を縛る具体策として使えると思います。
生井田 敏子 「再審法改正をめざす市民の会」事務局長
二段構えとログ化の話はいいと思います。でもそこで止まってほしくないんです。一覧表を見る権利が弁護士だけのものにされたら、また同じことになる。袴田さんの味噌漬け実験を思い出してほしいんですが、あれは弁護団の外にいた支援者が証拠に触れられたから生まれた知恵です。リストの話が弁護士と検察の間だけで完結すると、支援者や市民が入り込む余地がまた閉ざされる。目的外使用禁止とセットで議論しないと、開示範囲が広がっても現場の孤立は変わらないと思います。
沖山 亮太 全国紙司法担当記者
先ほど堅田さんが無関係な第三者情報が見える形で並ぶのが問題だと言っていましたが、リストの話と目的外使用禁止をセットで見ないと片手落ちだと思います。仮にリストが開示されても、目的外使用禁止がある限り弁護団が支援者や外部の専門家と証拠を共有して分析する活動自体が難しくなる。味噌樽実験のような検証は、証拠が見えるかどうかより、外の目とつながる回路が制度に組み込まれているかどうかで決まる話だと思うんです。
別府 さゆり 子育て中の主婦(法律には詳しくない一般市民)
味噌樽の話は何度聞いてもすごいなと思うんですけど、あれは弁護士さんが「見つけて」とお願いしたわけではなく、支援者の方が自分の頭で考えて始めたことですよね。だから、リストを見られるのが弁護士さんだけになったら、そもそもそういう発想が生まれる場所がなくなってしまう気がします。証拠を見られても誰にも相談できずに一人で抱えていたら、普通の主婦が気づくなんてことはもう二度と起きないんじゃないでしょうか。
司会
堅田さん、日野町事件や大崎事件では検察が『関連性なし』と判断した記録に後で決め手となる証拠が埋もれていました。今回の開示範囲が「請求理由と関連する証拠」に限定されたままでは、同様に無罪を示す証拠が検察の手元で見過ごされ続ける危険を、運用面で具体的にどう防ぐつもりですか?
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
埋没をゼロにする制度はどんな設計でも作れないと思うんです。人間が判断する以上、必ず見落としのリスクは残る。だから完全な歯止めを求めるより、三笠さんが言っていた見落としの構造を、その都度どう検証できるかに知恵を絞るべきだと思います。畝原さんが言っていたログ化は、検察としても呑める余地があると思っています。何を関連性ありとして残し、何を外したか記録が残れば、後から裁判所や第三者機関が事後的に検証できる。全部見せるかゼロかではなく、判断過程そのものを検証可能にする方が、日野町や大崎の反省を制度に落とし込む現実的な道ではないかと思います。
椋田 久美 裁判官(高等裁判所刑事部所属)
ログ化案は歩み寄りとしては大きいと思います。ただログが残ることと、それが検証されることは別問題です。裁判所がその都度、外を外れた記録を全部精査する体制なんて今はどこにもない。誰が、いつ、どの頻度でログを開くのか、その受け皿を作らないと、記録だけ積み上がって誰も見ない書庫になりかねません。
郷田 照夫 再審無罪確定者(元死刑囚)
誰がログを開くのか、その受け皿がないという話、まさにそこなんです。裁判所の中だけで完結する話にされたら、また『向こう側』の誰かが判断する仕組みに戻るだけです。私の事件は支援者という外の人間が食らいついてくれたから道が開けた。ログも書庫の奥で誰にも見られなければ、隠蔽と何が違うんですか。
日高 奈津美 野党議員(再審法改正を推進する議員連盟メンバー)
ログを誰が開くかという話、結局それも『向こう側』の人間が担うなら、また同じ密室に戻るだけではないですか。裁判所内部の検証だけに頼るのは危ないと思っていて、証拠開示や抗告の件数、認めた理由・認めなかった理由の分類を定期的に国会や市民に公開させる義務を条文に書き込むべきだと思います。附則には施行後三年を目途に証拠開示のあり方を見直すという規定がありますが、それまで実態が見えないままだと検証もできない。書庫の奥にしまわれる前に、外から見える形にしておく必要があります。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
件数と理由分類を定期的に国会や市民に公開させる、あれは条文に落とし込める具体案だと思って聞いていました。ただ附則の5年ごとの見直しという時間軸で本当にいいのか、私自身も詰め切れていません。数字が積み上がるのを5年待つ間に、萎縮して声を上げられなかったケースはどう掘り起こすのか。件数集計とは別に、途中で立ち消えた相談や取り下げまで拾う仕組みを検討項目に加える必要があると感じています。
司会
椋田さん、公開や第三者による検証の仕組みが整うまでの間、現行の『請求理由と関連する証拠』という限定そのものによって、日野町や大崎のような見落としが今この瞬間も起きている可能性について、裁判官の立場から見て運用上どう歯止めをかけられるとお考えですか?
椋田 久美 裁判官(高等裁判所刑事部所属)
率直に言うと、私自身が事後の解釈厳格化で歯止めをかけると言ってきたこと自体、限界があると思い直しています。証拠開示命令は請求人の申立てを受けて裁判所が出せますが、そもそも検察が最初に『関連性なし』と切ってしまえば、審理の場に上がってこない証拠の存在自体を裁判所が知る手立てがないんです。日野町も大崎もそうでした。だから解釈を厳しくするだけでなく、何を残し何を外したかという選別過程そのものを記録させて、後から裁判所も外部も遡って検証できる仕組みにしないと、今この瞬間に埋もれている証拠には結局手が届かないんじゃないかと感じています。
畝原 健太 法律系ニュースをよく読むシステムエンジニア
『関連性なし』で切られた証拠は検察内部の保管ルールでは管理されているそうですが、それはあくまで内部の棚卸しであって、弁護側や裁判所に見える形でリスト化して開示する義務はないと理解しています。だからログを取る対象、つまり選別過程の記録に加えて、外した証拠が何件あってどんな標目かを機械的に棚卸しして裁判所側にも見える状態にしないと、椋田さんの言う『今この瞬間の見落とし』には結局手が届かない気がします。
三笠 恵子 再審事件専門の弁護士
外した証拠が内部の保管ルールで既に管理されているという指摘は大事だと思います。つまり技術的にリスト化できないのではなく、外に出す意思がないだけなんです。棚卸しリストを機械的に作れるなら、それを弁護側に見せることの障害は制度上の判断の話であって、実務上の困難さの話ではない。だからこそ一覧表開示は条文に書き込める話だと改めて思います。
生井田 敏子 「再審法改正をめざす市民の会」事務局長
意思の問題だというのはその通りだと思います。でもそこで作ったリストが、弁護士だけが見られる形で終わったら意味がないんです。味噌漬け実験は弁護団の中の人ではなく、外にいた支援者が思いついたことです。棚卸しリストも、支援者や市民の目に触れる回路がなければ、また同じ発想は生まれてこないと思います。
梶谷 由美 殺人事件で妹を殺された遺族
支援者が入り込む回路が大事だというのは分かるんですけど、その分、妹の情報に触れる人が一人増えるということなんですよね。味噌漬け実験のような善意もあれば、逆恨みで動く人だっているかもしれない。外の目を増やすことと、私たちの情報が漏れる入口を増やすことは、結局同じことの裏表な気がしてしまうんです。
沖山 亮太 全国紙司法担当記者
梶谷さんの懸念は、証拠開示の話を検察対弁護団の対立軸だけで見ていると絶対抜け落ちる視点だと思います。全部一緒くたに『外に出す・出さない』で語るからそうなるので、標目のうち被害者や第三者の個人情報にあたる部分は保護ルールを別立てで作り、無罪立証に関わる中身の部分と切り分けて設計するべきではないかと。支援者との連携も、証拠に触れる回路そのものを閉じるのではなく、遺族情報が絡む部分だけアクセス制限をかける、といった線引きが要るはずです。全面開示か全面禁止かの二択で語られすぎている気がします。
別府 さゆり 子育て中の主婦(法律には詳しくない一般市民)
全部出すか全部隠すかで考えなくていいと言われると、なんだかホッとします。梶谷さんが心配しているのは自分の妹さんの情報が知らない人に見られることで、それは私も自分に置き換えたらすごく怖い。でも無実の証拠の中身と、遺族の名前や住所のような部分は、確かに別物として分けられそうな気もするんです。畝原さんが言っていた、検察が外した証拠も内部ではちゃんとリスト管理されているというのを聞くと、隠せないはずなのに隠れているのがやっぱり引っかかります。
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
隠せないはずなのに隠れている、という感覚は分かりますが、内部の棚卸しリストには標目に供述者の名前だけでなく、余罪捜査の内容や関係のない前科まで入り込んでいることがあります。それを機械的にそのまま見える化すると、本人特定に直結してしまう部分が出てくる。棚卸し自体はできても、そのまま右から左に出せるかは別の話だと思っています。
郷田 照夫 再審無罪確定者(元死刑囚)
「そのまま出せるかは別」というのも、結局それも検察が決めるということでしょう。本人特定に直結するかどうか、その線を引くのも検察なら、都合の悪い証拠に前科の話をちょっとでも絡めて『これは特定される』と言えば、また闇に葬れる。私の時もそうでした。判断する側が変わらなければ、名前を隠す作業自体が新しい隠れ蓑になるだけです。
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
判断権を検察の手から完全に離せという話だとして、では第三者機関が個別の記録を全部精査できるのかというと、そこは疑問が残ります。標目だけ見て中身を判断できるわけではなく、供述調書一通読むにも背景の捜査経緯まで知らないと関連性の有無は判断できない。誰が線を引くにしても、記録の中身を見る作業自体は誰かがやらなければならず、それを外部に丸ごと移したら今度はその機関がパンクして、審理がさらに長引くだけではないかと思います。

検察官抗告「原則禁止」の実効性と被害者遺族の思い

司会
検察官抗告は「原則禁止」となりましたが、「十分な根拠がある場合」という例外が残っています。郷田さん、ご自身の経験を踏まえて、この例外規定によって再審開始決定後にまた長期間拘束されるリスクはどこまで減ると感じますか。
郷田 照夫 再審無罪確定者(元死刑囚)
減らないと思いますよ、正直。「十分な根拠」を判断するのは結局検察と裁判所じゃないですか。私の再審請求のときも、検察は毎回「まだ争う余地がある」の一点張りで、何年も先送りされた。あのときの感覚と、今回の条文がやろうとしていることは同じに見える。名前が変わっただけで、判断する側の顔ぶれは変わってないんですよ。
日高 奈津美 野党議員(再審法改正を推進する議員連盟メンバー)
それ、法制審の議論を追っていても同じことを感じていました。「十分な根拠」の判定を最終的にするのは検察と裁判所で、弁護側はそこに入れません。検察は通常の裁判の当事者ではなくなるけれど、公益の代表として裁判所に協力する立場だと説明されます。でもその「協力」の名の下で、結局は自分たちに都合の良い理屈を「例外に当たる」と言い続けられる構造は変わっていない。だから原則禁止ではなく全面禁止でないと、判断する側の顔ぶれは本当に変わらないんだと思います。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
判断権が検察に残っているという指摘は否定しません。理由公表は判断そのものを変える仕組みではなく、その判断を国民の目に晒し続けるための仕掛けです。ただ、抗告に至らず終わったケースの判断過程がどこまで検証可能な形で残るのか、正直まだ確信を持って言えない部分がある。そこは5年後見直しで、記録の残し方まで含めて詰めるべき課題だと思います。
椋田 久美 裁判官(高等裁判所刑事部所属)
理由公表というのは抗告した場合の話であって、抗告に至らず終わったケースの判断過程は結局外に出ないんです。実務で言うと、決定文にどこまで理由を書き込むかは裁判体次第で、簡潔に済ませる書き方もできてしまう。だから5年後の見直しでは、記録を残すかどうかだけでなく、理由付けの具体性そのものを検証項目に入れないと、書いているようで実は何も書いていない決定が量産されかねないと思います。
畝原 健太 法律系ニュースをよく読むシステムエンジニア
「決定文にどこまで書き込むかは裁判体次第」というのは、システム屋からするとかなり怖い話です。ログの出力フォーマットが標準化されていないということですよね。詳細に書く裁判体もあれば、判で押したような一行で済ませる裁判体もある。それは障害報告書の書式が現場ごとにバラバラで、比較も分析もできない状態と同じです。検察の例外規定の運用ログも、裁判所の理由付けも、記録を残せというルールだけあって「どの粒度で残すか」の最低基準がない。両方とも同じ構造の穴だと思います。
三笠 恵子 再審事件専門の弁護士
障害報告書の例え、まさにそれです。ログの粒度がバラバラというのは、私たちが証拠一覧表を求めてきたのと全く同じ構造の穴です。最低基準がないから、検察の「十分な根拠」も裁判所の理由付けも、結局は向こう側の裁量任せになる。袴田事件で何年も引き延ばされたのは、まさにこの標準化されていない裁量の産物です。ログも証拠も、外から検証できる最低基準を条文に書き込まない限り、同じことが繰り返されると思います。
生井田 敏子 「再審法改正をめざす市民の会」事務局長
ログの粒度がバラバラという指摘、まさにうちが証拠一覧表を求めてきた話と同じなんです。袴田さんの事件でも、検察が最後まで隠していた証拠が出てきたから再審に繋がった。でもそれは偶然見つかったからで、最初から全証拠のリストがあれば何年も早く救われていたはずなんですよ。標準化された最低基準がないということは、検察が「これは関連ない」と判断すれば、それで終わりということでしょう。抗告の「十分な根拠」も証拠開示の「関連性」も、結局は同じ穴です。向こう側の裁量任せにしている限り、何回法律を変えても同じことの繰り返しだと思います。
司会
視点を変えます。梶谷さん、検察官抗告が原則禁止になり確定判決が見直されやすくなるとすれば、被害者遺族としてはどのような不安を感じますか。
梶谷 由美 殺人事件で妹を殺された遺族
ずっと聞いていて、抗告の要件がどうとか判断過程がどうとか、そういう運用の話ばかりで、正直、私たち遺族がどう感じるかという視点がすっぽり抜けているなと感じます。原則禁止になったら、確定した判決がまた覆るかもしれない可能性が今より高まるということですよね。それは私たちにとって「またあの日々が戻ってくるかもしれない」という不安そのものなんです。制度をどう精緻に作るかの議論の前に、確定判決を信じて生きてきた家族がいるということを、誰か一言でも触れてくれないかなとずっと思っていました。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
今のお話は、正直、これまでの自分の説明には出てこなかったものです。原則禁止に例外を残したのも、証拠開示を限定的にしたのも、確定した判決の安定性を守りたいという理屈で説明してきましたが、それは実は今おっしゃった不安そのものに応えるためだったはずなんです。ただ結果として、その説明を制度の精緻さの話に落とし込んでしまい、確定判決を信じて生きてきた家族がいるという当たり前のことに、こちらから言葉を向けてこなかった。5年後見直しでバランスを取り直しますという説明も、その間ずっと不安を抱え続ける時間には応えられていない。ここは率直に、自分の説明の弱さとして認めないといけないと思います。
沖山 亮太 全国紙司法担当記者
率直に認めますが、自分が今まで書いてきた記事も、証拠開示だ抗告要件だという制度の精緻さの話ばかりで、確定判決を信じて生きてきた家族の時間軸には触れてこなかった。梶谷さんの話を聞いて、そこは記者としての取材の欠落だったと思います。ただ、これは対立軸で捉える話ではないはずです。冤罪救済のための証拠開示や抗告制限と、遺族の予測可能性を守ることは、本来両立を目指して制度設計すべき話で、どちらかを立てればどちらかが泣くという構図で報じてきた自分にも責任がある気がします。
別府 さゆり 子育て中の主婦(法律には詳しくない一般市民)
梶谷さんの話を聞いて、ハッとしました。私、テレビで冤罪のニュースを見るたびに自分の夫や子どもが疑われたらってことばかり考えていて、逆に自分の家族が被害者だったらという想像は全然してこなかったんですよね。無実の人を救いたい気持ちと、確定した判決が覆るかもしれないという遺族の怖さって、対立しているように見えるけど、結局どちらも「本当のことが知りたい」という同じ願いなんじゃないかなと思いました。どちらかを我慢させる話ではなく、両方の不安にちゃんと向き合える制度になってほしいです。
梶谷 由美 殺人事件で妹を殺された遺族
両立させてほしいという気持ちはすごくわかります。でも実際に検察の抗告が原則禁止になったら、私たち遺族は結局その判断が下るのをただ待つしかないんですよね。理由を公表しますとか、5年ごとに見直しますとか言われても、その間ずっと不安を抱えて生活するのは私たちの方なんです。両立という言葉はきれいですが、実際に手続きの中で私たちが何かを言える場所がない限り、結局は「決まったことを知らされるだけ」の立場は変わらない気がします。
司会
論点を変えます。堅田さん、証拠開示命令の義務化にあたり、検察が持つ証拠のうち何を「関連性あり」と判断するかは誰がどう検証するのでしょうか。5年後の見直しに向けて、この判断基準が曖昧なままだと再び運用課題が残ると思いますが、実務上どう対応すべきだとお考えですか。
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
全件開示しろというのは、正直、捜査協力者の秘匿性を考えると現実的ではないというのが実務の実感です。ただ、外から検証できなさすぎるという指摘もわかる。だから関連性なしと切った証拠についても、件数と大まかな標目だけは機械的に棚卸しして裁判所に提示する、という線なら、氏名や特定情報は伏せたまま『存在自体』は見える化できるんじゃないかと思うんです。生井田さんが言った袴田事件の話も、結局は最初から何が存在するか外に見えていなかったことが問題だったわけで、中身の全部を晒せというより、まず存在を可視化する仕組みの方が現実的な着地点になる気がしています。
生井田 敏子 「再審法改正をめざす市民の会」事務局長
存在だけ見えても意味ないでしょう、それ。標目を機械的に棚卸しすると言っても、その標目の切り方を決めるのは結局検察なんですよ。「これは関連薄いから一括りでいい」と向こうが決めたら、外からは中身どころか粒度すらわからない。袴田さんの事件で証拠が出てきたのだって、検察の外にいた弁護団や支援者がしつこく食い下がったからです。棚卸しの過程そのものを裁判所なり第三者が検証できないなら、見える化どころか新しい隠し場所を作るだけだと思います。
郷田 照夫 再審無罪確定者(元死刑囚)
棚卸しの判断がまた向こうに戻るという話、まさにそこですよ。私のときも、証拠が「ある」ことすら知らされないまま何年も待たされました。外から中身が見えないというのは、待つ側にとっては真っ暗な部屋に何年も閉じ込められるのと同じなんです。棚卸しだろうが一覧表だろうが、検察がふるいにかける限り、その暗闇は形を変えて続くだけだと思いますね。
日高 奈津美 野党議員(再審法改正を推進する議員連盟メンバー)
「暗闇が形を変えて続くだけ」、まさにそうだと思います。標目の切り方も、どこまで細かく書くかも、結局検察の手の中にある限り、棚卸しは検証にならないんですよ。検察内部にはすでに証拠を管理しているリストがあるという話も聞くので、作れないのではなく出す気がないだけ。だったらリストの作成基準や提出そのものを、検察の外、第三者機関なり裁判所なりが握る仕組みにしないと、また新しい隠し場所を用意するだけで終わると思います。
椋田 久美 裁判官(高等裁判所刑事部所属)
第三者機関に基準ごと握らせるべきというのは理屈としてはわかりますが、今の刑訴法にそんな機関を新設する枠組みは存在しないんです。だから当面は裁判所が、棚卸しリストの生成過程そのものを記録として出させて、その過程を事後審査する形しか現実的な着地はないと思う。ただ正直に言うと、事後審査で基準の妥当性まで踏み込んで検証できるかというと、そこは裁判官の解釈の幅次第で、条文に最低限の記録項目を書き込まない限り絵に描いた餅になりかねません。
日高 奈津美 野党議員(再審法改正を推進する議員連盟メンバー)
条文に最低限の記録項目を書き込まなければ絵に描いた餅、まさにそこが議連として次に詰めたいところなんです。事後審査という運用論に頼っている限り、結局は裁判所や検察の内輪の解釈で終わってしまう。棚卸しリストなり抗告の判断過程なり、その生成過程そのものを外部に提出する義務まで条文に書き込まないと、また新しい密室ができるだけだと思っています。5年後の見直しでは、ここを最優先に条文化させたいです。
畝原 健太 法律系ニュースをよく読むシステムエンジニア
条文化を待つ話も大事だと思うんですが、僕がもっと引っかかっているのは記録項目に何を含めるかです。抗告した件、証拠開示した件だけログ化しても、それは通過したケースの記録でしかない。梶谷さんが先ほど言っていた「判断が下るのをただ待つしかない」というのも、結局そこに繋がっていて、抗告されずに立ち消えたケースとか、弁護側が萎縮して請求自体を諦めたケースは、記録の対象にすら上がらない。母集団の分母が見えないまま5年後に「抗告件数は減りました」と報告されても、それが制度の効果なのか萎縮の結果なのか判別できないと思うんですよね。
三笠 恵子 再審事件専門の弁護士
分母が見えないというの、本当にその通りです。私の依頼者にも、証拠開示を求めても検察がのらりくらりで、途中で「もう無理だ、体力が持たない」と再審請求そのものを取り下げた人が何人もいます。その人たちは統計上どこにも残らない。抗告件数が減った、開示命令が増えたという数字だけ見せられても、その裏で何人が諦めたのか誰も数えていないんです。5年後の見直しで「制度は機能しています」と言われても、それは生存者バイアスの塊じゃないかと思います。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
生存者バイアスという言葉、正直、立法者としてかなり刺さりました。5年後見直しで抗告件数が減った、開示命令が増えたと数字を出しても、それは通過した事例の話でしかない。取り下げは検察の判断の外側で起きるから、条文上どこにも記録が残らない仕組みなんです。ここは正直、評価軸そのものを作り直す必要があると思う。取り下げの件数と理由だけでも、弁護士会や支援団体からの報告を集約する仕組みを見直し対象に加えるべきかもしれません。
沖山 亮太 全国紙司法担当記者
評価軸を作り直すという方向自体はいいと思うんですが、取り下げの件数と理由を弁護士会や支援団体の報告に頼るとなると、そこにも取材で見てきた限界がある気がします。三笠さんが言っていたように、体力が尽きて消えていく当事者ほど、報告書を書いて団体に上げる余力すら残っていない。誰かが能動的に拾いに行かないと、結局また声の大きい事例だけが集まる仕組みになりかねないんじゃないでしょうか。
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
能動的に拾いに行く必要があるという話はわかるんですが、全件の取り下げ理由まで検察が追跡調査するのは実務上かなり厳しいというのが実感です。ただ、関連性なしと切った証拠の件数を入り口で機械的に棚卸しして残しておけば、後から取り下げに至った経緯を弁護側や裁判所が突き合わせて推測する材料にはなるはずなんです。郷田さんが言っていた『存在すら知らされない』という話も、まずその件数が記録として外に出ていれば、暗闇の輪郭くらいは見えるようになるんじゃないかと思います。全部を追いかけるのは無理でも、入り口の記録は現実的な一歩だと考えています。
生井田 敏子 「再審法改正をめざす市民の会」事務局長
入り口の件数だけ棚卸ししても、その数字を検証する外の目がなければ意味ないと思うんです。袴田さんの事件だって、5点の衣類の写真やネガの存在を検察はずっと否定していて、弁護団と支援者が何年も食い下がって、裁判所が開示を促してようやく出てきた。件数だけ記録されても、それをおかしいと突き上げる存在がいなければ、機械的な数字が独り歩きするだけです。
郷田 照夫 再審無罪確定者(元死刑囚)
独房にいた頃、証拠が「ある」とすら知らされなかったというのも、棚卸しの数字を誰が出すかという話とまったく同じ根っこですよ。5点の衣類だって、検察は最初「そんなものは知らない」の一点張りだった。年月をかけて弁護団と支援者が食い下がって、ようやく写真とネガが出てきた。棚卸しの標目を検察が決めて、それを裁判所が事後に見るだけなら、また同じことの繰り返しになる気がしてなりません。外から突き上げる者がいなければ、数字はただの紙切れですよ。
椋田 久美 裁判官(高等裁判所刑事部所属)
事後に見るだけなら同じことの繰り返しという指摘、私も裁判官としてそこは認めざるを得ません。だから発想を変えて、標目を切る前の段階で、除外した理由の疎明資料を簡易にでも先出しさせる、つまり裁判所の関与を事後審査から入り口まで前倒しする条文を検討すべきじゃないかと思っています。今の刑訴法にはそんな仕組みは影も形もないので、これは相当踏み込んだ制度設計の話になりますが。
日高 奈津美 野党議員(再審法改正を推進する議員連盟メンバー)
入り口で疎明資料を先出しさせるという発想自体は前進だと思います。でも結局それを検察が作って裁判所が見るという二者だけで完結していたら、『十分な根拠がある場合』の判定と同じ構造の焼き直しになりませんか。疎明資料の中身が薄いとか粒度が粗いとか、弁護側がそこに異議を挟める手続きがなければ、入り口も出口も検察の裁量が残ったままだと思うんです。
椋田 久美 裁判官(高等裁判所刑事部所属)
異議権を条文に書き込むこと自体は賛成なんですが、実務家として言うと、異議を誰がどれだけの期間で審査するかまで詰めないと絵に描いた餅なんですよ。今の抗告審の1年以内という規定も強制力のある期限ではなく目途にとどまっている。同じように異議審査にも期間の定めがなければ、結局そこが新しい滞留ポイントになりかねない。三笠さんが言っていた体力が尽きて取り下げる依頼者の話も、待たされる時間そのものが人を追い詰めているわけで、異議権を作るなら審理を延ばさない設計とセットで考えないと、また別の形で当事者を待たせるだけになる気がします。
畝原 健太 法律系ニュースをよく読むシステムエンジニア
審査期間の話、これはSLA無しで機能だけ追加するのと同じだなと思って聞いていました。「目途」としか書いてないと、現場のエンジニアは締切のないタスクを結局後回しにするんですよ、他の優先度高い案件に押されて。1年以内の抗告審理期間ですら目途止まりなら、異議審査も同じ轍を踏むだけで、期限を破っても誰も困らない設計は結局形骸化すると思います。
三笠 恵子 再審事件専門の弁護士
締切のないタスクは後回しにされるというの、まさにそれです。「1年以内」ですら目途止まりで法的拘束力がないから、忙しい部署の裁判官や検察官の手元で自然と優先順位が下がる。沖山さんが言っていた取材の限界も同じで、期限も罰則もない仕組みは結局、声を上げ続けられる体力がある人しか救えない。異議審査を作るなら、経過したら開示みなしとか、明確な効果を伴う期限を条文に書くところまでやらないと、また別の場所で同じ待たせる構造が再生産されるだけです。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
実は1年以内の抗告審理期間を決めるとき、党内でも「目途じゃなく強制力ある期限にすべきだ」という意見は出ていたんです。ただ最終的に、裁判所の審理を機械的に打ち切ることの弊害を懸念する声が強くて、踏み込みきれなかった。でも今の議論を聞いていると、期限を破っても誰も困らない設計は形骸化するというのは的を射ています。5年後の見直しでは、目途から効果を伴う期限へ、そこは詰め直さないといけないと思います。
沖山 亮太 全国紙司法担当記者
1年以内の抗告審理期間、あれは目途ではなく条文に明記されたという理解でいいんですよね。だとすると異議審査だけ目途止まりにするのは筋が通りません。せっかく期間を条文に書き込む前例を作ったんだから、5年後の見直しでは異議審査にも同じレベルで明確な期限と、破った場合の効果まで書き込ませる。ここは記者としても運用をしつこく追いかけたいポイントです。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
1年以内という審理期間、これは条文上は努力義務にとどまっていて、厳格な期限として書き込めなかったんです。党内でも「機械的に打ち切ったら審理不十分な決定が出るぞ」という慎重論が強くてね。でも今の議論を聞いていると、努力義務のままだと現場で優先度が下がって形骸化するというのは重い指摘だと思う。異議審査を作るなら、努力義務を超えて経過したら開示みなしとか、効果を伴う設計まで5年後見直しで詰めるべきだと感じています。
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
効果を伴う期限、方向としては理解できるんですが、機械的に打ち切るとなると証拠の精査が中途半端なまま決定が出るリスクは正直あります。DNA型鑑定のように再鑑定に数か月かかる証拠もあるので、期限を切るなら証拠の性質によって延長できる例外要件もセットで作らないと、拙速な追認を招いて逆に誤った再審開始を生むことにもなりかねないと思うんです。
別府 さゆり 子育て中の主婦(法律には詳しくない一般市民)
DNA鑑定に時間がかかるから期限は無理というの、分かる気もするんですけど、それって結局「精査のためだから待って」と言われたら普通の人は何も言い返せないですよね。うちの夫が同じ立場だったら、鑑定に半年かかると言われても、それが本当に必要な時間なのか、ただ後回しにされているだけなのか、こちらには一切分からないじゃないですか。例外を認めるなら、せめて「この鑑定なら最大何ヶ月まで」みたいな見通しくらい示してもらわないと、また「目途」と同じであいまいなまま延び続ける気がします。
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
審理期間の話、DNA型鑑定は実務感覚で言うと検体の量や劣化具合、鑑定機関の混雑状況で数日から数ヶ月、場合によってはもっとかかることもあって、正直「標準期間」と言えるほど確立した目安が今あるわけではないんです。だからこそ、逆に検察と裁判所の間で鑑定の種類ごとに大まかな所要期間の相場観を公表しておく仕組みを作った方がいいんじゃないかと思います。今のまま延長を認めると、外から見て『先延ばしなのか本当に必要な精査なのか』区別がつかないというのはその通りで、そこは第三者が検証できる材料を用意する側の宿題だと感じています。
正しい手続きが踏まれたかどうかと、その手続きの中で救われるべき人が実際に救われるかどうか。この二つは同じ問いのようでいて、少しずつずれているのかもしれません。 証拠は誰のものでもなく、それをめぐる線引きを誰が担うのか。この問いは、この場に集った一人ひとりの言葉の中に、形を変えて何度も現れていました。おそらく、まだ開いたまま、皆さまの中に残っていることと思います。

討論を終えて〜参加者の所感

郷田 照夫 再審無罪確定者(元死刑囚)
抗告した件数だけが記録に残ったところで、抗告する前に諦めた人間、声を上げずに消えていった人間はどこにも残らない。これは私が一番身につまされる話です。
私自身、独房の中で何年も「もう無理かもしれん」と思った時期がありました。あそこで折れていたら、統計にも歴史にも何も残らなかったはずです。数字が積み上がって「制度は機能している」なんて言われても、その裏でどれだけの人間が息絶えたか、誰も数えてはいない。
棚卸しだ、ログ化だと歩み寄りの言葉は出てきましたが、結局それを検察が作り、裁判所が事後に見るだけなら、暗闇の形が変わるだけです。待たされる人間の孤独は何も変わらないと思いますよ。
三笠 恵子 再審事件専門の弁護士
リスト開示さえ実現すれば解決すると思っていた自分の主張は、ちょっと単純だったと感じています。標目にプライバシー情報が乗ってしまうことや、棚卸しの過程そのものが新たな隠し場所になりかねないこと、そして検証する主体をどう作るかまで詰めないと、可視化したつもりが結局は向こう側の判断が形を変えて残るだけになってしまう。
郷田さんが語っていた「真っ暗な部屋に何年も閉じ込められる」という感覚は、制度や技術論をいくら積み重ねても届かない部分であり、そここそを判断基準の中心に据えなければならないと改めて思いました。
梶谷さんが話していた、確定判決を信じて生きてきた家族の時間軸の話も、正直これまで自分の中では証拠開示や抗告要件の精緻さをめぐる議論に押しやってしまっていた部分です。両立を目指すというのは、簡単に言えることではないと感じています。
堅田 信之 検察官(地方検察庁刑事部所属)
棚卸しリストのやり取りを何度も重ねる中で、標目の切り方自体を検察が握っている限り、可視化のつもりが新しい暗闇を作るだけだという指摘には、正直こたえました。今までは事後にログを検証すれば足りると思っていましたが、入り口の選別基準そのものに外部の目を入れなければ、同じことの繰り返しになるという点は認めざるを得ません。
ただ、そこまで踏み込むとなると、今度は誰がどれだけの体制でその検証を担うのか、実務がパンクしないかという別の心配も出てきます。そこは次の議論で現実論として言っておかないと、こちらの譲歩が一方的な後退に見えてしまうと感じています。
あと、梶谷さんの話を聞いていて、確定判決の安定性というこちらの理屈が、結局は条文論の中でしか語られてこなかったという点は、率直に反省するところがありました。
椋田 久美 裁判官(高等裁判所刑事部所属)
事後審査で歯止めをかけると、私はずっと言い続けてきました。しかし検察が最初の網を張る段階で見えなくなっているものは、どんなに厳しく審査しても裁判所には届かない。そのことは、実務家として今回認めざるを得ないと感じました。
選別過程そのものをログ化し、生成過程を残すという発想は、解釈を厳格にするというこれまでの発想より一歩踏み込んだ歯止めになりうると思いました。ただ、それも結局、誰が開き、誰が検証するのかという受け皿がなければ、また書庫の奥にしまわれるだけではないかとも思います。
梶谷さんの話を聞いて、手続きが続いている間の当事者の時間そのものに、私たち裁判所がどう向き合うかという視点がすっぽり抜けていたことにも気づかされました。正直、こたえましたね。
上遠野 雅彦 与党議員(法務部会所属)
生存者バイアスという言葉には、正直こたえました。抗告件数が減った、開示命令が増えたという数字だけを並べて「制度は機能している」と胸を張るつもりでいましたが、その裏で体力尽きて請求を取り下げた人が何人もいて、その人たちは統計のどこにも出てきません。ここは自分の説明の一番弱いところだったと認めざるを得ないです。
理由公表という出口さえきれいにすれば足りると思っていた部分も、検察が入口で「関連性なし」と選別する構造そのものには全く届いていませんでした。そこは今回、何度も突きつけられた点です。
5年後見直しという言葉を便利に使いすぎていたな、というのが率直な感想です。記録項目の法定化や、異議を挟める手続き、目途ではなく実効性を伴う期限など、具体的に詰めるべき宿題が思っていたよりたくさん見えてきました。
日高 奈津美 野党議員(再審法改正を推進する議員連盟メンバー)
件数を集計しろ、記録を残せとは私自身も何度も言ってきました。しかし、取り下げた依頼者は統計にすら残らないという話を聞き、それだけでは足りないのだとはっきり思い直しました。
統計を整備すると聞くと前進した気になってしまいますが、体力が尽きて消えていった人たちを数えられない仕組みのままなら、5年後に数字が良くなったとしても、それは制度が機能した証拠ではなく、ただ声を上げられなかった人が増えただけかもしれません。
梶谷さんが語った、確定判決を信じて生きてきた時間という話は、正直これまでの自分の議論にはなかった視点でした。抗告の全面禁止は譲れないと思う一方で、遺族が手続きの中で何か言える場所は別に作れるはずだと考えるようになりました。
結局、検察の裁量そのものを削らない限り、統計もログも新しい隠し場所になるだけだという確信が、今日いろいろな立場の話を聞いて、いっそう強まった気がします。
生井田 敏子 「再審法改正をめざす市民の会」事務局長
梶谷さんの話を聞いて、20年もこの活動をやってきたのに、あそこまで正面から向き合ったことはなかったと、恥ずかしながら思いました。私たちはいつも「証拠を出せ」「支援者の口を封じるな」と主張してきましたが、その証拠の中に遺族の名前や暮らしが乗っているということまでは、正直想像が及んでいませんでした。
冤罪の側が過ごしてきた歳月ばかりを数え、確定判決を頼りに生きてきた方々の歳月には言葉をかけてこなかった。これは大きな気づきでした。
だからといって三つの要求を引っ込めるつもりはありません。ただ、証拠の中身と個人情報を切り分けて設計するという点は、次にきちんと考えなければならない宿題だと思っています。
沖山 亮太 全国紙司法担当記者
梶谷さんの話を聞いて、自分がずっと制度の精緻さばかり追いかけてきたことに気づかされました。証拠開示だ、抗告要件だという記事ばかり書いてきましたが、確定判決を信じて生きてきた家族の時間という視点が、完全に抜け落ちていたんですよね。
件数を集計しろ、記録を残せという議論ももちろん大事です。ですが、それだけを追っていると、萎縮して声を上げられずに消えていった人たちが最初から統計に乗らないという構造そのものは変わりません。取材のやり方自体を見直さなければいけないと、正直反省しています。
梶谷 由美 殺人事件で妹を殺された遺族
上遠野さんが「これまでの説明に足りなかった」と認めてくれたことには、正直ちょっと救われました。誰も気づいてくれないんだろうなと思いながら聞いていたので。
でも同時に、支援者や外部の目を増やすべきだという話が出るたびに、それは結局、妹の情報に触れる人がまた一人増えるということなんじゃないかと、心のどこかで引っかかってしまいます。
全部見せるか隠すかの二択ではなく、遺族の情報だけを別扱いで守るルールを作れるかもしれない、という話には少し希望が持てました。ただ、標目の切り方次第で結局中身が透けて見えてしまうという指摘もあり、簡単な話ではないのだと改めて感じました。
畝原 健太 法律系ニュースをよく読むシステムエンジニア
今回いちばん腹落ちしたのは、急所が「入り口の設計」にあるということです。私はログや記録の粒度ばかり気にしていましたが、そもそも母集団自体が検察の最初の選別によって歪んでいるなら、事後にどれだけ検証の仕組みを整えても、そこには手が届きません。
取り下げた人や、萎縮して声すら上げられなかった人は統計に現れない、という指摘も刺さりました。システムに例えるなら、エラーが起きてもログに残らないまま静かに落ちているプロセスがある、ということです。正直、この視点の甘さには気づいていませんでした。
また、存在さえ可視化できれば解決すると思い込んでいましたが、標目の切り方や何を伏せるかまで検察が決める限り、そこにまた新たな裁量の余地が生まれるだけだという点も、今回考えが変わったところです。
別府 さゆり 子育て中の主婦(法律には詳しくない一般市民)
件数を公開すれば安心できるかもと最初は思っていましたが、話を聞くうちに、その数字を誰がきちんと見て「おかしい」と声を上げるのかが決まっていなければ、結局意味がないのだと分かってきました。検察の中では外した証拠もリストになっていると聞いて、だとしたら最初から見えているものを私たちにだけ見えないようにしているということになります。それが一番怖いと感じました。
また、味噌樽の実験の話は何度聞いてもすごいと思うのですが、あれは普通の主婦の方が自分で気づいて動いたからこそ実現したことです。そういう人が証拠に触れられなくなったら、もう二度と同じようなことは起きないのではないかと心配になります。
梶谷さんの話を聞いて、自分は冤罪の側ばかり考えていて、被害者側の気持ちを想像したことがなかったと反省しました。ただ、結局どちらの立場でも「決まったことをただ知らされるだけ」なのは同じなのだと気づき、そこが一番印象に残りました。