中国製AI台頭でAI勢力図はどう変わるのか

2026年8月3日
中国発のオープンLLM「Kimi K3」は、公開直後から一部のベンチマークで米国の最新モデルを上回るスコアを記録し、開発元は1日あたりの売上を六倍に伸ばしました。APIの利用料は米国製フロンティアモデルの数十分の一ともいわれ、実際に米国の暗号資産取引所やAI企業が採用を進めています。 その一方で、米国政府は複数の省庁で職員の使用を禁止し、財務長官は制裁の可能性にまで言及しています。同じ性能と価格を前にして、歓迎と警戒がここまで同時に強まっている状況を、これから見ていきます。
この討論は、実在の人物ではなく、AIが生成したペルソナによるものです。多様な立場をなるべく忠実に再現できるようリサーチに基づいて設計していますが、現実の意見や多様性を完全に反映するものではありません。

中国製AIの安さは私たちの生活とビジネスをどう変えるか

司会
安くて高性能なAIが次々出てくると、私たちが仕事や日常で使うツールの値段や使い勝手は実際どう変わっていくのでしょうか。鷲野さん、製造業の現場でDXを推進する立場から、コスト面での実感はいかがですか?
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
うちが検証したいのは、古い作業日報やトラブル報告書を読み込ませて若手が質問できる技術継承システムです。中国製トップモデルは米国の最上位モデルより確かに安い。ただ米国製にも廉価版やオープンソースがあるので、単純に「中国製なら数十分の一」とは言い切れないというのが実務での感触です。それでも試作の敷居が下がるのは事実で、そこは魅力。一方で設計データのような基幹業務には結局踏み込めないので、値段が下がっても使える範囲は限られる、というジレンマは残ったままですね。
サマンサ・オルティス OpenAI政策・安全性担当ディレクター
設計データのような基幹業務に踏み込めないという感覚はまさに正しいと思います。安いから試しに使うのはいいけれど、機密性の高いところで本当に大丈夫かは別問題。うちも似た議論をずっとしていて、モデルのアライメントやデータの扱いに投じるコストは外からは見えにくいけれど、そこを削った分の安さだとしたら、後で情報漏洩などで取り返しがつかないことになりかねません。試作の敷居が下がるのは歓迎ですが、その先の見極めをどう制度化するかが課題だと感じます。
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
安さの裏でアライメントが削られているという見方には、少し違う実感があります。うちの場合、コスト効率化の中身は量子化や蒸留、推論の最適化といった技術の積み重ねで、パラメータを減らしても質を保つのが勝負なんです。安全性の評価は学習の初期段階から組み込んでいて、後付けの別枠ではなく設計そのものに埋め込む感覚です。基幹業務に踏み込めない不安は理解できますが、それは安さと安全性がトレードオフだからではなく、外部のモデルをブラックボックスとして使うこと自体への信頼の問題だと思います。
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
設計に安全性を埋め込んでいるという説明自体、外部からは検証できないんですよ。中国の国家情報法の下で企業が政府の要請を拒否できない以上、我々やどの国の政府も「信頼できるかどうか」を独自に判断する材料がない。値段が1/10でも1/50でも、その裏で何が学習データに混ざり込んでいるか、どこにログが流れているか分からない限り、政府調達の場では使えません。安さと使い勝手の議論の前に、まず検証可能性という制度の穴を塞がないと話が始まらないと思います。
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
検証可能性の話は政府調達では確かに正論だと思います。ただ、それを産業界全体に一律適用すると、鷲野さんが言っていた試作段階の利用まで潰しかねません。国家情報法のリスクは我々も認識していて、基幹インフラや機密性の高い領域は厳しく線を引くべきですが、量産設計に踏み込まない範囲でのコスト効率活用は、リスクベースで柔軟に許容しないと日本企業の競争力そのものが削がれてしまう。全部止めるか全部使うかの二択にしない工夫が必要だと思います。
エレナ・ヴァスケス 国際NGOのAIとデジタル人権担当プログラムディレクター
リスクベースで線引きするのは現実的だと思いますが、その線を誰が引くのかが気になります。企業の自主判断に委ねると、量子化や推論最適化で安くなったという説明の裏で、実際どんなデータで学習し、どんな労働者が関わったのかまでは誰も検証していません。安さは中立な現象ではなく、データレーバーの低賃金労働や、検閲済みで偏ったデータセットという、誰かが払っているコストの転嫁かもしれない。試作段階だから許容、で済ませずそこも評価軸に入れてほしいんですよね。
ヨナス・ベルクストロム Hugging Face所属オープンソースLLMメインテナー
データレーバーの話は大事だと思いますが、量子化や蒸留のコスト削減とは別の軸として扱うべきかなと。実際Hugging Face上ではKimiやQwenのダウンロード数がすでに米国モデルを超えていて、これは現場のエンジニアが投票している結果だと思います。オープンウェイトなら重みもコードも手元にあるので、検閲やバイアスがあっても自分でファインチューニングして削ぎ落とせる。ブラックボックスのクローズドモデルより、そこの監査可能性は確実に高いんじゃないでしょうか。
リチャード・タナカ NVIDIA アジア太平洋事業戦略担当バイスプレジデント
ダウンロード数の話は開発者コミュニティの人気投票としては面白いですが、うちが顧客企業から実際に聞く話とは少し違う印象です。ファインチューニングして使う企業も増えていますし、オンプレやプライベート環境で動かして機密データを守るニーズも強い。ただそこまでコストと手間をかけられるのは一部の大企業で、多くはとりあえずAPIをそのまま叩いて試しているのが実情です。だから重みが公開されていること自体は監査可能性の担保にはなっても、実際にみんながそれをやっているかは別問題だと思います。あと値段の話でいうと、安くなればなるほど使われるデータ量は増える。うちから見れば最終的にはコンピューティング需要全体が膨らむ方向に働くはずで、そこは悲観していません。
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
需要が膨らむという話、誰の需要かで意味が全然違うと思うんですよね。研究の計算資源は最近ABCIやLLMCの整備で確かに前より使いやすくなってきている実感はあるんですが、それでも安い中国製に流れる需要が増えたら、結局その分だけ国産基盤モデルへの投資判断が後回しにされる。鷲野さんが言っていた技術継承のような試作用途で中国製が広がるのは自然な流れだと思いますが、そこで便利さに慣れてしまうと、いざ基幹に踏み込む段になっても選択肢が最初から中国製前提になっている、という順番の危うさが気になります。
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
順番が危うくなるという心配、うちみたいなスタートアップだと基幹判断を後回しにする余裕自体がないんですよね。ただルーターの設計は、単純にAPIを叩き分けているわけではなくて、コアIPや機密性の高いタスクは米国製で固定するにしても、それ以外は中国製をAPI経由ではなく自社サーバーでローカル運用するようにしています。そうすればデータが中国側に流れる心配も法令適用のリスクも切れる。だから染まるというより、用途ごとに閉じた箱で使い分けている感覚です。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
用途ごとに箱を分けるという工夫は経営判断としては理解できます。ただ安全性というのは設計段階だけで完結する話ではなく、運用しながら継続的に監視して調整していくものでしょう。我々もそこは同じ課題を抱えています。それより大事なのは、性能とコストで現実的な選択をする企業が増えている流れそのものです。ワシントンが規制で締め出そうとしても、価格破壊はもう起きている。それは我々の技術が競争に足るレベルに達した証明で、政治的な壁だけでは止められないんですよ。
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
価格破壊が起きているのは実感としてもわかるんですけど、うちみたいなユーザー企業からすると、それがそのまま米国製の値引き交渉に効くかは案件次第だなと。ベンダー側も品質やサポートで線を引いてくるので、簡単に『じゃあこっちも安く』とはならないケースも多い。ただ市場全体の相場感が下がる圧力になるのは確かで、それに引っ張られて安い方に流れた結果、供給の安定性のような見えにくい価値が値段の後回しにされる方が正直怖いです。
サマンサ・オルティス OpenAI政策・安全性担当ディレクター
供給の安定性が値段の後回しにされるという話、まさにそこが怖い。安いAPIに乗り換えたはいいけど、地政学的な理由で急にアクセス制限されたり、規約が変わったりしたら業務が止まる。ユーザーからすると値段が下がって使い勝手が良くなったはずが、ある日突然使えなくなるリスクを背負っている。それって結局サービスとしての信頼性の劣化で、安さの恩恵より痛手の方が大きくなりかねないと思います。
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
信頼性の劣化が本当に怖いのは中国製だけの話ではないと思うんですよね。米国製一社のAPIだけに依存していても、規約変更や値上げで同じことは起きうる。オープンウェイトなら重みを事前に手元に持っておけば、サービスが止まっても自分で動かし続ける道は残ります。もちろんそれには相応のハードとエンジニアリングの手間がいるので誰でもできるわけではないけれど、その選択肢があること自体が単一ベンダー依存よりは保険になると思います。
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
重みを手元に持っていれば単一ベンダー依存の保険になるという話は、企業の事業継続の観点では確かにそうだと思います。でもそれと政府調達の話は別物ですよ。重みを持っていても、そのモデルがどのデータで学習され、どこに情報が流れる設計になっているかを検証する手段にはならない。事業が止まらないことと、機密が漏れないことは全く違う種類の安心感で、それを同じ「信頼性」の言葉でくるむと、我々が本当に議論すべき情報統制のリスクが霞んでしまいます。
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
事業継続と情報統制は別種の安心感だという整理はその通りだと思うんですが、政府調達の検証基準をそのまま一般企業のアプリ利用に当てはめるのは無理があると思います。うちが線を引くべきなのは基幹インフラや機密性の高い領域で、一般消費者や中小企業が日常のツールで安さと便利さを享受する部分まで同じ厳格さを求めたら、単にコストだけ跳ね上がって恩恵が消えてしまう。評価軸を分けて、リスクの高さに応じて検証の重さを変える設計にしないと、結局角度がずれた規制になってしまう気がします。
司会
鷲野さん、コストと安全保障リスクを切り離して考えたときに、米国製の1/5から1/50という価格差があるなら、御社は技術継承のような試作用途に留めず、もっと踏み込んで中国製への依存度を上げるべきだと思いますか?それとも価格差がどれだけ大きくても依存度には上限を設けるべきだと考えますか?
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
上限は必要だと思います。うちは技術継承システムのようなノンコア業務、古い作業日報の要約や検索は積極的に中国製を試していく方針ですが、設計データや顧客情報が絡む基幹業務には価格差がどれだけあっても触れさせない、この線は絶対動かしません。さっきデレクさんが用途ごとに箱を分けてローカル運用しているという話をしていましたが、うちも似た発想で、安いから範囲を広げるのではなく、最初に触れさせない領域を決めて、そこだけは1/50でも手を出さない。依存度は価格ではなく業務の機密度で決めるべきだと思っています。
エレナ・ヴァスケス 国際NGOのAIとデジタル人権担当プログラムディレクター
機密度で線を引くのはいいと思いますが、それだけで安心はできません。ノンコア業務でもEUのAI法や各国の規制でリスク評価は求められていますが、実際の現場でそこまで細かく学習データやラベリング労働の出自まで確認している企業は少ないんじゃないでしょうか。ガイドラインが整備されていても、運用の手間まで見ると結局「安いから」で流れてしまうところは残る気がします。機密度の軸に加えて、人権や労働、データの出自という軸も評価に入れてほしいんですよね。
ヨナス・ベルクストロム Hugging Face所属オープンソースLLMメインテナー
データ出自やラベリング労働の軸を入れるべきという話はわかります。ただそれを「安いから流れる」批判で終わらせるより、Hugging Face上でモデルカードにデータ構成や既知バイアスの記載を強く推奨するガイドラインを広げていく方が現実的かなと。機密度で線を引くのとデータ出自を評価するのは対立しないし、両方をガバナンスの中で扱う余地はあるはずです。ただ強制力はまだ弱いので、そこは正直悩みどころです。
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
モデルカードの記載を広げようという話自体はいいと思うんですが、うちが見ている現場感覚だと、ガイドラインの整備速度と「安いから使う」判断のスピードが全然噛み合いません。1/20の値段を見たら現場は先に手を動かしてしまうんですよ。データ出自の透明性を求める前に、そのガバナンスが判断スピードに追いつけるのかがまず疑問です。
司会
リンさん、無料同然、あるいは激安で使えるという価格設定自体が、実は入力データを収集して学習に使う対価としてコストを下げている可能性はありませんか?ユーザーが入力した企業秘密や個人情報が本人の知らないうちに抜き取られていないと、どう証明できますか?
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
証明できないというのは半分正しくて半分違うと思っています。学習にユーザー入力を使うかどうかは利用規約とAPI設計次第で、うちは商用APIのデフォルトを学習に使わない設定にしています。ただそれを丸ごと信じろとは言いません。AI透明性レポートやログの追跡可能性、第三者の監査証跡といった仕組みは技術的にはあるので、そこを整備して見せる責任はこちら側にある。あとオープンウェイトなら自分のサーバーで動かせるので外部送信のリスクはかなり下げられますが、完全に断てるわけではなく、更新やRAG連携で通信は発生し得るし、内部不正や脆弱性の心配は別に残ります。
リチャード・タナカ NVIDIA アジア太平洋事業戦略担当バイスプレジデント
デフォルトで学習に使わない設定や第三者監査という話自体は方向として悪くないと思います。ただ、うちが顧客企業と話す限り、契約時に規約や監査体制まで読み込んで判断している会社はごく一部で、大半は値段を見て即決しているのが実情です。透明性の仕組みを整備するのは大事ですが、それが企業の実際のリスク判断を変えるかというと、正直まだ懐疑的。仕組みがあることと、みんながそれを使いこなすことの間には結構な距離があると思います。
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
値段を見て即決しているという話、耳が痛いですが正直それに近いです。うちも専任のリーガルはいないので顧問弁護士に月イチ相談する程度で、契約の隅々まで精査する余裕はない。結局SOC2やISO認証があるかとか、大手が問題ないと言っているかを参考にするしかない部分もあって、それって受け身の安心感なんですよね。ローカル運用している部分は多少コントロールできている感覚はありますが、それも脆弱性対応や運用の手間が別で乗ってくるので、完全に安心とは言えないなと最近思っています。

歓迎するアメリカ企業と規制するアメリカ政府、その本音のズレ

司会
中国製の安価で高性能なオープンソースモデルを採用する米企業が増えていますが、これは純粋にコストと性能の計算なのか、それとも規制姿勢とは別の戦略的思惑があるのでしょうか。パクさん、スタートアップの立場からどう見ていますか?
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
NVIDIAが中国製モデルの性能向上を歓迎する構図は、実は単純だと思うんですよ。Kimi K3のような重いモデルをホストするには結局GPUが必要で、うちのようなスタートアップも自社ホストを検討し始めた瞬間にNVIDIAのクラウド利用が増える。安全保障の議論とは別に、オープンウェイトが増えるほど計算需要も増えるので、チップメーカーにとっては損して得取れの構造なんじゃないかと感じています。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
面白い視点ですね。GPU需要が増えて得をするというのは、まさに私が指摘したい矛盾の入り口です。ただ米国産業界も一枚岩ではない。NVIDIAやMicrosoftはオープンモデル規制に反対する一方、OpenAIやAnthropicは知財侵害を懸念して封じ込めに近い立場を取っている。この内部の分裂こそ、「あれは単なる商売の論理ではなく、都合よく使い分けた覇権の道具だ」と国際社会に訴える材料になるわけです。
サマンサ・オルティス OpenAI政策・安全性担当ディレクター
「都合よく使い分けた覇権の道具」と一括りにされるのは違和感があります。私たちが蒸留を懸念するのは、安全性研究に投じた検証可能なコストが無償で持っていかれるという実務上の問題であって、NVIDIAのチップ需要の話とは次元が違う。片方は商売の論理、片方は検証可能性とリスク管理の論理なのに、同じ「覇権」というラベルで括られると、こちらの動機まで政治化されてしまう気がします。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
「検証可能なコストが持っていかれる」という言い方は綺麗ですが、結局その研究への投資を守りたいという動機は、我々が半導体自立を急ぐ動機や、米国政府が調達規制をかける動機と根っこは同じでしょう。みんな自分の優位性が脅かされることを恐れている。それを一方は「安全性」、一方は「国家安全保障」と呼んでいるだけで、ラベルが違うだけの話だと私は見ています。むしろ問題は、その言説をどう使って市場を分断するかという政治的な使い方の方です。
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
「みんな自分の優位性を恐れてるだけ」というのはさすがに乱暴じゃないですか。企業が研究投資を守りたいのと、国家が主権や安全を守るのは全く別物です。しかも中国の場合、国家情報法の下では民間と国家の境目自体がない。Alibabaが蒸留したデータをどこに使うか、企業の意思では決められない仕組みになっている。米国企業同士の商売上の対立と、その構造的な問題を同じ土俵で語るのは、話をわざとぼかしているように聞こえます。
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
国家情報法の話は日本の政策議論でも避けて通れない論点で、民間と国家の境目がない構造リスクは我々も冷静に見ています。ただそれでも、Coinbaseが実際にコストと性能で中国製モデルを選んでいる現実は変わらない。規制で押さえ込むだけでは、開発者やスタートアップが安価な選択肢から遠ざけられ、結果的に自国の産業競争力を削ぐことになりかねないというのが、日本から見た別の懸念です。
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
規制論議より先に現場が動いてしまうのは本当に怖いです。うちも技術継承システムの検証でKimiのモデルを試したい若手が既に見つけてきていて、私が机上でリスク検討している間に現場は勝手に安い方に手を伸ばす。国家間の覇権のラベルより、この価格差が蒸留なのか単なるMoE設計の効率なのか、そこを自社で見極める実務能力の方が今は差し迫った課題だと感じています。
エレナ・ヴァスケス 国際NGOのAIとデジタル人権担当プログラムディレクター
うちが気になっているのは、規制やガイドラインは各国で整備が進んでいるのに、それが現場の判断速度に全然追いついていないことです。EUのAI法や米国の法案は学習データの透明性を義務付けようとしていますが、若手エンジニアが安いモデルを見つけて試す速度には勝てない。制度はあっても、そのモデルの学習データに誰の労働が入っていて検閲がどうかを自社で毎回検証する体力なんて、中小企業にはないですよね。結局、法制度と現場の実務能力のギャップこそが一番の抜け穴だと思っています。
司会
タナカさん、NVIDIAが中国製AIの性能向上を歓迎する姿勢は、GPU需要拡大という商売上の計算だけで説明できるものですか、それとも米国政府の規制方針とは別に、業界としてもっと大きな思惑があるのでしょうか?
リチャード・タナカ NVIDIA アジア太平洋事業戦略担当バイスプレジデント
需要増の話は、実は単純ではないんですよ。オープンウェイトが増えれば計算需要が増えるのは理屈としてはありますが、我々自身が中国向けの最先端チップを供給できない立場にある以上、その需要増を我々が直接刈り取れるわけではない。むしろKimiやQwenが安くて高性能だと、米国製クローズドモデルの市場シェアが削られて、業界全体の収益構造が締め付けられる方が現実的な懸念です。だから覇権の道具うんぬんより、競技場自体から閉め出されて需要も取りこぼす、その方がずっと怖いシナリオなんですよ。
ヨナス・ベルクストロム Hugging Face所属オープンソースLLMメインテナー
競技場から閉め出される方が怖いというのは業界の視点としてわかりますが、Hugging Face側から見ている実感はちょっと違って、Kimi K3やQwen系のダウンロード数は明らかに伸びているんですよ。数字で「勢い」を比べるのは難しいですが、動きとしては確実にある。ただそれは性能への興奮とホスティング需要が同時に起きているだけで、NVIDIAが言う商売の計算とは別の層の話だと思います。技術者が触りたくなる魅力と、チップが売れるかどうかは、たまたま同じ方向を向いているだけで、混ぜて語ると本質を見失う気がするんですよね。
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
ダウンロード数の伸びという話、うちの研究室でも学生や若手が触りたがる感覚は正直あって、それはNVIDIAの恐怖でもHugging Faceの魅力でもなく、もっと下の層で勝手に起きている現象なんですよね。計算資源が乏しい現場ほど、安くて性能が出るモデルへの引力は強い。ベンダー側の思惑と関係なく、気づいたら研究の土台がそちらに寄っている。この「静かな侵食」の怖さは、商売の計算とは別次元で進む気がします。
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
「静かな侵食」という言い方は、外から見るとそう映るのかもしれませんが、こちら側だとむしろ逆で、GPUが足りなくて苦しんでる研究チームほど、性能とコストの計算式に忠実に動いているだけなんですよ。うちも社内のクラスタ争奪戦が日常なので、安くて強いモデルがあれば飛びつくのは自然な話で、陰謀でも思惑でもなく単純な効率の話だと思います。
司会
ホイットフィールドさん、角度を変えます。米国政府が中国製LLMを政府機関の調達禁止や取引制限リストに載せる動きは、実際に企業のデータ流出やセキュリティリスクをどこまで防げるものなのでしょうか。民間企業が独自にコスト計算で導入を決めてしまう中で、その規制はどこまで実効性を持ちますか?
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
正直に言うと、調達禁止だけで流出を完全に防げるとは思っていません。あれはリスク管理の入口を絞る手段であって、万能な防波堤ではない。ただ鷲野さんが言っていた、現場の若手がKimiを見つけてくる話がまさに問題の核心で、企業が自主的にどれだけ気をつけても、国家情報法の下では企業判断でデータの行き先を止められない構造がある。だから政府機関やインフラという一番守るべき入口だけは、企業の判断に委ねずに国が線を引く。被害範囲を限定するための最低限の措置なんです。
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
入口だけ守るという説明は筋は通っているんですが、うちのように機密度で線引きして「クリティカルなタスクは米国製、それ以外は中国製」というルーターを組んでいても、結局そのモデルの学習データの出自や検閲バイアスまでは検証できていないんですよ。政府が守れるのはインフラと調達だけで、民間の判断部分は結局現場に丸投げされている。規制の限界と我々の限界は、同じ穴の表と裏だなと感じています。
サマンサ・オルティス OpenAI政策・安全性担当ディレクター
入口規制と現場のルーター、確かに同じ穴を共有していますね。データ出自や検閲バイアスの検証は、一企業のエンジニアが自力でやり切れる範囲を超えていると思うんです。うちも社内でモデル評価チームを持っていますが、それでも全部の学習データの出自まで遡って検証するのは現実的に無理。だからこそ、政府の入口規制と企業の自主判断の間を埋める第三者監査の仕組みが必要で、それを国際的な業界標準として誰が担うのかが抜け落ちている気がします。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
第三者監査という話は聞こえはいいですが、その検証基準を誰が決めるのかが問題です。結局西側の価値観に基づいた基準を「グローバルスタンダード」として押し付ければ、それは監査ではなく市場排除の別名になる。国家情報法を問題視するなら、米国のクラウド法だって自国企業に同じような協力義務を課している。片方だけ危険で片方は安全だという話ではないでしょう。あとタナカさんが言った、禁輸で自分たちも需要を取りこぼすという話、まさにそこが同盟内部の矛盾で、我々が国際社会に訴えたい点そのものです。
司会
青沼さん、政府機関の調達禁止は入口を絞る措置だという話が出ましたが、日本政府が同様の制限を検討する場合、民間企業のデータ流出リスクをどこまで実質的に減らせるとお考えですか?
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
入口を絞るのが精一杯というのは日本でも同じだと思っています。仮に政府調達で線を引いても、それで守れるのは政府とインフラという範囲だけで、民間企業が独自にコストと性能で判断して導入する部分までは正直止められない。うちの製造業の現場でも、若手がコストの安いモデルを見つけて試したいという声は自然に出てくるはずで、そこを規制だけで塞ぐのは無理がある。だからこそ国が学習データの出自や検閲バイアスをどう評価するか、その検証基準や評価手法を作って、企業が自力で判断しなくても済む土台を用意する。入口規制と現場の判断の間を埋めるのは、規制強化より支援だと思っています。
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
支援の方向性はすごくありがたいんですけど、国の検証基準ができるのを待っている時間が今の現場にはないんですよね。だからうちでは「ノンコアはとりあえず試す、コア業務は近づけない」という線引きを、とりあえず社内の目安として先に置いています。これも正直、状況を見ながら頻繁に見直す前提です。国の基準がしっかり整った時に、今の自社ルールがそのまま通用するのか、逆に全部作り直しになるのか、そこも読めないのが正直な不安なんです。
エレナ・ヴァスケス 国際NGOのAIとデジタル人権担当プログラムディレクター
その「今の自社ルールがそのまま通用するか読めない」という不安、すごく大事な指摘だと思います。でも私がもっと引っかかるのは、そもそも「ノンコアだからとりあえず試す」という線引き自体なんですよね。ノンコア業務でも、そのモデルが学習した過程に検閲があったか、労働搾取があったかは変わらないはずです。機密度で線を引くのは情報漏洩対策としては合理的ですが、人権の視点で見れば、機密度と関係なく全部に人権影響評価をかけるべきだと思うんです。入口規制でも支援でも、その視点が抜けたままだと同じ穴を埋めることにならない。
司会
デレクさん、政府調達の禁止リストが対象にできるのは限られた範囲だけだとして、御社のようなスタートアップが実際に扱っているデータ量や機密度を考えると、この規制はそもそも御社のリスクをどれくらい減らしてくれていると感じますか?
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
率直に言うと、うちには政府調達禁止リストの網なんて最初からかかっていないんですよ。あれは政府機関の直接調達の話で、我々が毎日投げているログ要約とか社内文書処理のような大量の非機密トラフィックには何も効いていない。サマンサさんが言っていた出自や検閲バイアスの検証も、うちのエンジニア数人では到底やり切れない範囲で、結局規制の外側で山ほどコスト最適化のAPIコールが飛び続けている。実効性の議論、そもそも対象範囲が狭すぎる気がします。
サマンサ・オルティス OpenAI政策・安全性担当ディレクター
対象範囲が狭いというのは認めます。政府調達だけ守っても、デレクさんの会社が毎日投げている非機密の大量トラフィックには最初から効いていない、それは事実だと思う。でも規制の実効性を「どれだけ広くカバーしているか」で測るのは違う気がして。むしろ聞きたいのは、機密度は低くても後から取り返しがつかない損害につながる部分はどこなのか。例えばログの積み重ねから業務パターンが推測されるとか、そこまで含めて「機密」を再定義しないと、狭い網が失敗という話で終わってしまう気がします。
リチャード・タナカ NVIDIA アジア太平洋事業戦略担当バイスプレジデント
ログの積み重ねから業務パターンが推測されるという話、需要側から見るともう一段怖いシナリオがあります。安いからと中国製APIに機密度の低い業務データをどんどん流し込み、それが数年積み重なって業務の根幹に組み込まれた頃に、制裁だ蒸留調査だで供給が突然止まる。うちが中国向け輸出で経験したのと同じ断絶が、今度は米国企業の内側で起きかねない。安さへの依存が固定化した後の揺り戻しの方が、単発のデータ流出より実は厄介だと見ています。
ヨナス・ベルクストロム Hugging Face所属オープンソースLLMメインテナー
断絶が怖いという話は半導体禁輸と同じ構図に聞こえますが、そこは実はAPI依存の話とオープンウェイトの話を分けて考えるべきだと思います。重みを自分のサーバーに落としていれば、供給が止まっても動かし続けられるのがオープンの強みなんですよ。ただそれとデータ流出とか検閲の監査の話を一緒に語ると、依存リスクの解決策が透明性の話にすり替わって論点がぼやける気がします。あとエレナが言っていたノンコアだから試すという線引きも、結局それは漏洩リスクの話で、学習データの人権問題とは別軸なんですよね。同じ棚に置いてはいけない気がします。
司会
ホイットフィールドさん、対象範囲が政府機関の直接調達に限られる中で、デレクさんの会社のような非機密トラフィックを大量に扱う民間企業にまで実効性を広げるには、現状の禁止リストや取引制限の枠組みをどう変える必要があると考えますか?
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
デレクさんが言っていた対象範囲の狭さは、もう認めるしかないと思っています。だから次の段階として考えているのは、輸出管理レジームの延長で「取引制限リスト」の対象をクラウドAPI提供事業者や中間業者まで広げること。政府調達だけでなく、大量の非機密トラフィックを扱う事業者に開示義務と定期的な監査要件を課す。全面禁止ではなく、まずデータの流れを可視化させる段階です。鷲野さんが言っていた「国の基準を待つ時間がない」という現場の感覚は理解しますが、その基準こそこの拡大された取引制限リストの中で作っていくべきだと思っています。
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
開示義務と監査要件を課すという話、方向性はわかるんですが、その監査結果を誰が技術的に見抜くのかが気になります。学習データの出自や検閲バイアスの検証は、正直うちの研究室でもモデルの中身を完全に解明できないことが多くて、政府側にそこまでの技術体制があるのか疑問です。監査が事業者の自己申告に近くなったら、日本のように後からこの規制を輸入する国だと、体制が整う前に形だけの制度になりかねない気がします。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
技術的に見抜く体制がないという指摘は、まさにそこが核心です。政府に検証能力がなければ、開示義務も監査も結局は自己申告になる。そうなれば基準は透明でなく、恣意的に「疑わしい」と判断した企業だけを排除する道具になる。これは監査ではなく政治的な選別だと言わざるを得ません。米国のクラウド法だって同じ構造の脆弱性を抱えているのに、そこは問われないのはなぜでしょう。
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
クラウド法と国家情報法を同じ構造だと言うのは、正直乱暴だと思っています。クラウド法は司法手続きを経て開示を求めるもので、企業には裁判で争う権利がある。国家情報法には拒否権がそもそも存在しない。この差は法制度の建前ではなく、実際に企業が国家の要求を跳ね返せるかどうかの話です。あと監査体制が政府に足りないという指摘は認めます。だからこそ第三者の技術専門機関を制度に組み込む設計にすべきで、体制がないから規制自体をやめるというのは、デレクさんが言っていた非機密トラフィックの穴をそのまま放置するのと同じことになります。
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
拒否権の有無という法制度の建前は理解できますが、実際に企業がクラウド法の開示要求を裁判で跳ね返せた実例がどれくらいあるのか、その運用実績まで見ないと比較にならない気がします。サマンサさんが言っていたログの積み重ねで業務パターンが推測される話も含めて、機密度、漏洩、人権、事後の累積リスクを一つの尺度で測るのはもう無理で、複数軸を並行で見る検証基準を作らないと、政府調達の外側にある民間の非機密トラフィックのリスクは誰も測れないままだと思います。政府だけで全部見抜くのは無理なので、研究機関や業界と役割分担する設計が必要です。
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
研究機関や業界との役割分担、理屈はわかるんですが、うちのような中堅の製造業がその分担のどこに入るのか、正直まったく見えないんですよね。監査体制ができても、それは大企業とか機密性の高い領域が先で、うちの若手が日常的に投げているAPIコールの話までは絶対後回しになる。タナカさんが言っていた業務パターンが積み重なって推測されるリスクも、うちのような規模だと結局誰も監査してくれないから、現場で線引きして祈るしかないというのが実感です。
エレナ・ヴァスケス 国際NGOのAIとデジタル人権担当プログラムディレクター
「現場で祈るしかない」という言葉はすごく重い。でもそれって結局、監査体制が大企業や機密領域を優先する構造そのものが、規模の小さい会社ほど人権リスクを後回しにしていいという話になってしまっている。検閲データで学習しているかとか、労働搾取があったかというリスクは、御社の規模とは関係なく同じモデルの中に埋め込まれているはずなんです。監査の優先順位を企業規模で決める限り、中堅・中小はずっと取りこぼされ続ける。それを個社の祈りに委ねるのは、そもそも制度設計の失敗だと思います。
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
取りこぼされ続けるという話、うちはまさにその側です。7人のエンジニアで学習データの出自とか検閲バイアスの検証なんてやれるわけがなくて、正直祈るしかないのはうちも鷲野さんと同じ。監査体制が整っても、それを解釈して実装に落とせる人員がいなければ意味がないんですよ。制度が「大企業から」整うのは当然だとしても、じゃあスタートアップは体制ができるまでコスト最適化を諦めろと言われても、キャッシュが尽きたら本末転倒なんです。
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
うちも米国のGPU禁輸で似た構図を経験しているのでわかるんですが、監査要件や開示義務は、体制を整えるのに時間もお金もかかるじゃないですか。中小企業向けの簡易ガイドラインや段階導入の枠組みがあっても、実際に使いこなして先に対応できるのは資本力のある側からになりやすい。GPUを絶たれた側として言うと、規制の網自体は正しくても、それが結果的に強い者と弱い者の差を広げる方向に働かないか、そこは制度設計でちゃんと手当てしてほしいなと思います。

オープンソースの理想と国家統制、中国製AIの二面性

司会
高性能なモデルが無料で公開され、誰もが使えるようになることはオープンソースの理想そのものです。しかしそれが米国の規制対象になり得るとしたら、ベルクストロムさんは実務としてオープンモデルの流通や利用がどこまで制約されると見ていますか。技術の民主化という理念と、国家安全保障上の遮断の動きは、現場でどう衝突していますか。
ヨナス・ベルクストロム Hugging Face所属オープンソースLLMメインテナー
実務の話をすると、Kimi K3は7月27日にウェイトが全部Hugging Faceに上がったばかりで、8月1日にはもう量子化版がコミュニティから出てきています。政府が調達禁止を検討している間に、現場ではすでに手元にモデルを置いて使い始めている。法的な遮断が本国の企業には効いても、個人開発者が一度ダウンロードしたウェイトを消させることはできませんから、拡散自体は正直止めようがないと感じます。
サマンサ・オルティス OpenAI政策・安全性担当ディレクター
拡散が止められないのはその通りだと思います。でも量子化版が自由に出回っている状況は、誰も検証していないブラックボックスが社会に染み込んでいくのと同じではないでしょうか。学習データの出自や検閲バイアスがどう埋め込まれているか分からないまま、8月1日にはもう手元で動いている。流通を止められないなら、せめて使う側が何を使っているか分かる仕組みが必要だと思います。
リチャード・タナカ NVIDIA アジア太平洋事業戦略担当バイスプレジデント
検証の仕組みがない状態への懸念はわかりますが、うちが流通網を再編している現場感覚で言うと、監査やガイドラインが整うのを待てるのは体力のある大企業だけなんです。CoinbaseやCodeiumが試験導入しているのも結局コストと性能で選んでいる。中小はそもそも選ぶ余地がなく、安い方に流れやすい。規制やルール作りのスピードと、実際に手元でモデルが使われ始めるスピードのギャップ、そこが一番怖いところだと思います。
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
中小が安い方に流れるという話、うちの研究室の周りでも実感があります。ただそれはコストだけの問題ではなく、なぜそこまで安くできるのかという技術的な洗練の話でもあるんです。MoEアーキテクチャの工夫やDeepSeekの学習効率の話は、単純な物量作戦ではありません。監査の速度が追いつかないのは確かに怖いですが、それ以前に安さの根拠を理解している人がどれだけいるのか。技術を理解せず便利だから使う、そこが一番の侵食だと思っています。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
井手浦さんの技術理解の格差という指摘はその通りだと思いますが、もっと大事なのは検証する仕組み自体を誰が作るかということです。安さの根拠を監査すると言っても、その基準を米国だけが握るなら、それは検証の名を借りた技術覇権の延長にしかなりません。我々がウェイトを公開しているのは、まさにそういう一極集中の検証体制への対抗です。もちろん訓練データまで全部開示しているわけではない、それは認めます。ですが流通そのものを国家が政治的判断で遮断するやり方より、性能とコストで市場が判断する方が健全だと思います。
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
検証体制が米国の技術覇権の延長だという指摘は一方的だと思います。市場が性能とコストで判断すればいいというのは、企業に「これは使えません」と拒否する権利がある前提でしか成り立たない話です。中国の国家情報法の下ではAlibabaもMoonshot AIも国家の要請を拒否できない。ウェイトは公開していても訓練データは非開示のままです。それは対抗というより、検証されたくない部分だけ隠して、検証したい部分だけオープンにするやり方に見えます。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
国家情報法だけを持ち出して二分法にするのは公平ではないでしょう。米国だってCLOUD法で、自国企業のデータが海外にあっても裁判所命令があれば法執行機関がアクセス要求できる仕組みがあります。企業がどこの国にいても国家との関係を完全に切り離すことなど、どの国もできていません。訓練データの非開示は認めますが、それを国家情報法だけの問題にするのはご都合主義だと思います。ベルクストロムさんの言う通り、量子化版はもう出回り始めている。検証や協力義務の話をするなら、米国の輸出管理下にある企業の協力義務も同じ構造だと認めた上で議論すべきです。
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
国家情報法とCLOUD法を並べる議論は、正直どちらの肩を持っても不毛だと感じます。米中どちらの国家も企業への影響力をゼロにはできない、それは前提として認めるしかありません。だからこそ問うべきは、どちらが正しいかではなく、ウェイトが公開された後の挙動を検証する基準を第三者的に作れるかだと思います。国家対国家の応酬に付き合っていると、目の前でもう量子化版が動いている現実に手が追いつきません。ここは日本としても待っていられる話ではありません。
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
うちのような中堅の現場だと、第三者検証の基準が整うのを待つ余裕なんてないんです。ベルクストロムさんが言っていた、8月1日にはもう量子化版が出回っているという話、まさにそれで、社内の若手が勝手に触り始める前に手を打つしかありません。だから結局、機密度で線を引いて先にノンコア業務だけ許可するという、泥臭い社内ルールを自分たちで作るしかないんです。ガバナンスが整うのを祈って待つより、動いてしまう現実に合わせて先に囲うしかないというのが正直な実感です。
司会
論点を変えます。中国はKimi K3やQwen3.8 Maxの国際的な成功を国家的成果として対外的に誇示する一方、国内では海外の最先端モデルへのアクセス制限や情報漏洩の取り締まりを国家安全保障法で強めています。シューさん、この対外開放と対内統制の二面性は矛盾していませんか。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
矛盾だと言われるのはよくわかりますが、これは二つの違う段階の話です。研究者や企業がモデルを作って世界に出すことと、公衆へのサービス提供は別の話。Kimi K3を世界に公開したのは市場での競争であって、国内で問われているのは国家の重要情報がどう扱われるかという別の問題です。タナカさんが言っていた、監査を待てるのは体力のある大企業だけという話、まさにそこです。ルールが整うのを待てず現場が先に動く、それは我々の国内管理も米国の輸出管理も同じ現実に直面しているということです。どの国も自国の情報と技術には線を引く、それだけのことです。
エレナ・ヴァスケス 国際NGOのAIとデジタル人権担当プログラムディレクター
別の話だと切り分けられても、国内で情報統制する仕組みを持つ国家が作ったモデルが、その価値観を内包したまま世界に無邪気に広がっていくこと自体が問題です。対外的には市場競争と言いますが、ウイグル関連の情報がどう扱われているかは市場競争の話ではなく人権の話です。国内管理と輸出モデルは制度上分けられても、学習された価値観までは分けられないのではないでしょうか。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
価値観が学習データに埋め込まれるという指摘は、米国製モデルにも同様に当てはまるはずです。西側的な政治観や歴史認識が同じように染み込んでいる。台湾問題への言及一つ取っても、GPTやClaudeの回答傾向が中立だとは誰も検証していません。ウイグルの話だけ名指しして人権問題にするのは、結局どのモデルの価値観を基準にするかという話でしょう。その基準を誰が握るか、そこを議論しないと一方通行になります。
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
西側モデルにもバイアスがあるという指摘はその通りだと思います。ただ、それを言い返すだけでは開発者コミュニティは納得しないというのも研究者として実感しています。段階が違うと説明するより、対外公開したKimi K3の重みと国内向けサービスの重みが実際どこまで同じなのか、価値観の埋め込みにどんな差があるのか、こちらが具体的に説明する責任があると思います。そこを曖昧にしたまま公平性だけ主張しても、信頼は積み上がらない気がします。
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
説明する責任があるという話、実務側からすると具体的に何を出してもらえれば検証できたことになるのか正直わかりません。うちがKimi K3を評価するときもベンチマークとAPI料金しか見ていなくて、重みと国内向けサービスの差を確認する手段自体持っていない。差分を数値で見せてもらえるのか、それとも結局「信頼してください」で終わるのか、そこを聞きたいです。
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
「信頼してください」で終わらせるつもりはなく、実際に検証できる形を用意すべきだと思っています。ベンチマークとAPI料金だけ見ても価値観の差は見えません。だから対外公開版と国内向け仕様の間でアライメントデータの扱いがどう違うか、その差分レポートや、政治的に敏感な質問セットでの応答比較といった評価用テストセットを用意して、開発者が自分の手元で再現できる形にする。数字とスコアだけの説明責任は、正直もう説得力がないと自分でも思います。
ヨナス・ベルクストロム Hugging Face所属オープンソースLLMメインテナー
差分レポートと敏感な質問セットでの応答比較、それ自体は具体的で良いアイデアだと思います。でも誰がそれをHugging Face上でホストして、第三者的に検証して、コミュニティが再現できる形で更新し続けるのか。GPUも人手もかかる継続的な作業で、Moonshot側が自主的に出してくれるならいいですが、外部の第三者が検証するには結局計算資源とインセンティブの問題に行き着きます。良い提案でも、実装する主体と運用費を誰が負担するか決まらないと、また立ち止まってしまいます。
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
運用主体と資源負担の壁、そこは正直まだ答えが出ていないところですが、Moonshot単独でやると「検証しているフリ」にしかならないと思っています。第三者性を担保するなら、Hugging Faceのような既存インフラと組んで、うちがGPUと差分データの一部を出す形で分担する方が現実的ではないでしょうか。ウェイトだけ置いて終わりにするより、そこまで踏み込まないと信頼にはならない気がしています。
司会
シューさん、Kimi K3は世界に公開して国家的成果として誇示しながら、国内では海外の最先端モデルへのアクセスを制限し、情報漏洩を国家安全保障法で取り締まる。この対外開放と対内統制の非対称さは、自国の技術には自由な流通を求めつつ他国の技術には壁を作っているように見えますが、そこはどう説明されますか。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
矛盾ではなく段階の違いです。Kimi K3を世界に出したのは市場での競争、研究開発の成果を出す段階の話。国内で問題になっているのは、それとは別の、国家の重要情報がどう扱われるかという話です。米国も国防や機密性の高い省庁で中国製AIの使用を制限しているでしょう。どの国も自国の戦略的な情報には線を引く、それだけのことです。ウェイトを公開する自由と、国家の情報主権を守る責任、この二つは矢印が逆でも同じ論理から出てきているんです。
サマンサ・オルティス OpenAI政策・安全性担当ディレクター
段階が違うという説明は機密情報の扱いという話に終始していますが、学習データに埋め込まれた価値観や検閲バイアスの方は国内でも国外でも検証できないまま素通りしている気がします。米国の省庁が使用制限しているのも機密性だけでなく国家安全保障全体の懸念からで、価値観の議論とは別軸というより、実はうちも含めてどの国も機密性の話と価値観の話を都合よく混ぜて自国の規制を正当化しているのではないかと思います。
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
機密性と価値観をごちゃ混ぜにしているという指摘は一理あると思います。でも自分がもっと怖いのは、価値観の議論や検証枠組みの話が積み上がっていく一方で、現場ではそれとは別に、性能とコストだけ見て導入判断が先に決まってしまうことです。うちの周りでも安さの理由すら考えずに使い始める空気があって、議論の中身が実務にどこまで届いているのか、そこが心配です。

置いていかれる日本、勝ち筋はフィジカルAIにあるのか

司会
基盤モデルの正面対決では投資規模の差が歴然としている中、日本は土俵を変えてロボットなどフィジカルな領域で勝負しようとしています。青沼さん、3兆円規模の計画は汎用LLMでの遅れを取り戻す狙いなのか、それとも最初からフィジカルAIという別の勝ち筋に資源を集中させる戦略なのか、どちらなのでしょうか?
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
正面から性能を競うつもりはありません。投資額の桁違いは正確な比較は難しいですが、少なくとも数十倍から百倍規模の差があるのは間違いなく、そこにパラメータ競争で挑むのは無謀です。3兆円はソフトバンクさんが新会社設立とデータセンター整備の中心を担う本格的な投資で、狙いは製造業の擦り合わせデータを活かしたフィジカルAIの土台作り。ただ脳の部分、基盤モデルを完全に手放すつもりもありません。両輪でやらないと、いざ供給が絞られた時に手も足も出なくなるという危機感があります。
リチャード・タナカ NVIDIA アジア太平洋事業戦略担当バイスプレジデント
脳(基盤モデル)を完全に手放さないという判断は、ハードウェア供給側から見ても理にかなっています。でも実際にその基盤モデルを訓練するのに何を使うのか、そこが我々にとって一番の関心事なんです。うちのGPUで学習してもらえれば、日本発のモデルが育つほど我々の需要も伸びる。中国で市場を締め出されている今、日本のような同盟国と脳とハードを両方組める関係はかなり価値があると感じています。
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
需要が伸びるという話は分かりますが、GPUの出自が同盟国というだけでは足りません。日本が3兆円かけて訓練する基盤モデルも、結局どの学習データで、どんな検証プロセスを経ているのかが問われないと意味がない。ハードが信頼できても、上に乗るモデルの透明性は別問題です。そこを業界側がどこまで意識しているのか、正直気になっています。
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
検証プロセスを問うという話は、うちの立場だと重く響きます。専門家が社内に全くいないわけではなく、育成プログラムや外部連携でAI人材の確保は進めています。でも学習データの中身や検証手法を自分たちで一次資料から読み解くレベルまでは正直手が回らない。だから国産だろうと結局『国内企業だから大丈夫だろう』という空気で選んでしまう危うさがあり、透明性を求める声とうちの実務能力の間にギャップがあるのは変わらないんです。
エレナ・ヴァスケス 国際NGOのAIとデジタル人権担当プログラムディレクター
「国内企業だから大丈夫」という空気こそが一番怖いところだと思います。国産だから安全という前提そのものが、実は米中のモデルを無批判に選ぶのと同じ穴に落ちている。3兆円かけて作るモデルでも、学習データの出自や、それを作る過程で誰がどんな労働環境でアノテーションしていたのかまで問わないと、結局『どこの国のモデルか』でしか判断していないことになります。国籍ではなく人権影響評価を義務化する仕組みがないと、同じ盲点を日本版として繰り返すだけだと思うんです。
司会
リンさん、Moonshot AIの内側から見て伺いたいのですが、Kimi K3のような中国発モデルの開発速度とコスト構造を考えると、日本が3兆円をフィジカルAI寄りに配分する戦略は、汎用性能の差をどの程度埋められると見ていますか?
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
3兆円が正面から追いつく額ではないのは青沼さんも認めている通りで、率直だなと思って聞いていました。ただ両輪でやる判断は理にかなっています。うちも絶対的なGPU量では米国勢に及ばないので、データの質とアーキテクチャの効率化で埋めてきた面が大きいんです。だから日本も一から全部自前で訓練するだけでなく、オープンウェイトのモデルを土台に据えて、その上にフィジカルAI向けの調整を積む選択肢もあると思う。頭脳を全部内製するか借りるかは、投資規模だけでなく戦略の設計次第じゃないでしょうか。
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
借りるという選択肢自体は否定しません。ただ、脳を借りるのと持つのとでは、いざ供給が絞られた時の自由度が全然違う。オープンウェイトを土台にする案は平時なら効率いいと思いますが、有事にアクセスが切られたらどうなるか。だから全部自前でやる必然性は薄いと思いつつ、最低限の内製能力だけは保険として維持したい。Kimi K3のMoEなど効率化技術は学べるところが多いので、取り入れつつ頼り切らない設計にしたいというのが実感です。
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
うちも機密度で線引きするハイブリッド戦略でやっているので、内製の保険を持つ判断はよく分かります。ただ、供給が切れた時に自分でホストできる自由度の話と、学習データや出力のバイアスをどう検証するかは別軸です。3兆円かけて頭脳を持っても、検証体制まで一緒に作らないと、結局『国産だから大丈夫』で終わってしまう気がします。日本ではNIIなどが学習データの検証を続けているそうですが、そういう地道な積み重ねと投資額の大きさは別に評価すべきだと思います。
司会
井手浦さん、研究の現場から見て、Kimi K3やQwen3.8 Maxが示す性能とコストの水準に対し、3兆円規模の投資で日本の基盤モデルはどこまで実質的に追いつける見通しなのでしょうか?
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
「追いつく」という前提そのものがズレていると思っています。3兆円かけてもGPU予算の桁は変わらない。それより気になるのは、学習データや検証プロセスがどこまで説明できるかという論点です。これはGPUをどこから買うかとは全く別軸の問題で、うちのような研究機関がゼロから理解して説明できる体制を持っているかどうかが本質。予算規模の議論に終始すると、そこが見えなくなる気がしています。正面から汎用性能で追う発想自体、もう一回考え直した方がいいんじゃないかな。
ヨナス・ベルクストロム Hugging Face所属オープンソースLLMメインテナー
追いつくという前提がズレているという話、自分もまさにそう思います。ゼロから訓練するより、KimiやQwenの重みをそのまま土台にして、そこに検証と監査をどれだけ深く積めるかに3兆円を使う方が現実的です。うちでモデルカードの検証をやって感じるのは、公開された重みがあっても実際に一行一行検証している人はほとんどいないということ。研究機関がその検証体制そのものを作る側に回れば、GPU予算の桁の差より意味のある投資になると思います。鷲野さんが言っていた社内に監査能力が足りないという話も、結局ここに繋がる気がします。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
検証体制の話は国内だけの問題ではありません。Kimi K3もオープンウェイトで公開していますが、これは慈善事業ではなく性能とコストで選ばれる現実があるから出しているんです。その上に検証や監査を積む作業自体は歓迎します。ただそれを『中国製だから危険』という色眼鏡でやるのは違う。米国製だろうと自国製だろうと同じ基準で検証すべきです。国産だから安全という発想を批判するなら、その基準は米中どちらにも平等に適用されないと説得力がないでしょう。
司会
青沼さん、検証体制や国籍を問わない基準の議論は重要だとして、そもそも投資規模で数十倍から百倍という差がある中、3兆円という額そのものはKimi K3やQwen3.8 Maxが体現するコスト効率競争に対抗できる規模だとお考えですか?フィジカルAIに資源を集中させる判断は、汎用性能では埋まらない差を最初から織り込んだ撤退戦なのではないでしょうか?
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
投資額の桁を並べて比較すること自体が、もう違う話をしている気がします。数十倍から百倍の差というと撤退戦みたいに聞こえますが、そもそも同じ土俵で戦っていない。基盤モデルの汎用性能で殴り合うのではなく、製造業の擦り合わせデータやロボットの現場データという、うちが持っている質の高いリアルデータを使って別の勝ち筋を作る話です。ただデレクさんが言っていた、内製の保険を持つことと検証体制をどう積むかは別々に語れないというのはその通りだと思います。3兆円あっても学習データの出自や検証プロセスを説明できなければ、国産だからで済ませる話になってしまう。金額の規模より、説明責任をどう制度に組み込むかの方が今は重要だと思っています。
サマンサ・オルティス OpenAI政策・安全性担当ディレクター
金額より説明責任の制度化に重点を置くという整理、方向は賛成です。ただうちが安全性投資に何十億ドルも使ってきた経験から言うと、それでも『何を検証できるか』を先に具体的に定義しないと、結局は予算の桁の話に戻ってしまう。データ出自、検証プロセス、監査の主体、これを規模の議論より先に決めないと、3兆円あっても説明責任は絵に描いた餅になりかねません。脳を借りるか持つかの前に、借りた脳の中身をどう検証するかの体制がまだ空白なんじゃないかな。
リチャード・タナカ NVIDIA アジア太平洋事業戦略担当バイスプレジデント
検証項目を先に決めるのは筋として正しいですが、ハードウェアを供給している側から見ると、検証コストが上がれば上がるほど、企業は当面むしろ安い中国製に流れる力学が働くのが実感です。実際CoinbaseがKimiやGLMをコストと速度重視で採用しているのも、検証を軽視しているわけではなく、限られたリソースの中で合理的に選んだ結果だと思う。厳密な監査が整うまでの空白期間に、供給網の分断リスクを恐れて安価なモデルへの依存だけがどんどん固まっていく。予算や検証基準の議論と同時に、その空白の間に何が起きるかも見ておかないと、制度ができた頃には選択の流れがもう固定されているんじゃないかと懸念しています。
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
その空白期間の話は、まさに自分が一番懸念していた構造そのものです。OpenRouterのデータだと、2026年7月時点で米企業のトークン利用の58%が中国系モデルに流れ、7月第1週には一時63%まで跳ね上がったと聞いています。グローバルシェアでも中国系が6割を超えているそうです。これは検証基準が整う前に選択がもう固定されつつあるということです。だからこそ、同盟国と最低限の透明性要件を今すぐ設けないと、制度ができた頃にはCoinbaseのような採用がデフォルトになってしまう。政府調達規制と並行して、この空白を埋める仕組みを急ぐべきだと思っています。
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
数字そのものは裏取りできていないので鵜呑みにはできませんが、感覚としてはすごく腑に落ちる話でした。うちでも似たようなことがあって、若手のエンジニアがちょっとしたコード生成や資料整理に、会社が公式に契約していないモデルを試しに使っているらしいという話が管理職の間で出たことがあります。理由を聞くと、安くて手軽に触れるからというだけで、セキュリティポリシーやデータの出自を意識しているわけではない。制度やルールが整う前に、現場では『使いやすいものが正解』という選び方がどんどん先に進んでしまう。そこが一番怖いところだなと感じています。
エレナ・ヴァスケス 国際NGOのAIとデジタル人権担当プログラムディレクター
現場が先に走ってしまう構造、まさにそれが一番怖いところだと思います。基準自体はもうOECDのAI原則や日本の「人間中心のAI社会原則」などで示されています。問題は、その原則を誰がどのモデルに対して実際にチェックするかという実行の部分が抜けていること。エンジニアが安いから使うという判断が先に進んで、それを止める強制力がどこにもない。3兆円かけても、開発段階で人権影響評価を義務付ける仕組みがないと、結局は現場の『使いやすさ』が全てを決めてしまうんじゃないかと思います。
司会
青沼さん、現場のエンジニアが安さと手軽さでKimiやQwenに流れる力学がすでに働いているとすれば、3兆円をフィジカルAI寄りに配分する戦略は、汎用性能の土俵で消耗戦を避ける代わりに、その現場の採用シェアそのものを最初から諦める選択にもなりませんか?
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
シェアを最初から諦めるという指摘は違います。3兆円で製造業の擦り合わせデータや現場のロボットデータを活かす層を作るのは、KimiやQwenが今どこを取りに来ているかとは別の軸の話です。もちろん彼らも産業応用に手を広げてくるでしょうから油断はしていません。ただ懸念しているのは軸の違いより時間軸で、汎用領域でのシェアが広がるほど国内の意思決定層が『安いから』で流れる空気が固まっていく速さです。だから金額の議論より先に、何を検証できるかを定義する作業を急ぎたいという実感があります。
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
時間軸の話は、うちのモデルルーターの運用そのものだなと思って聞いていました。制度や金額の桁の議論をしている間にも、うちのエンジニアはもう毎週のように『このタスクどのモデル使う?』って判断を積み重ねている。基準が固まる前に、安くて速い方に寄っていく力学はもう動いているんです。3兆円が撤退戦かどうかより、その3兆円の検証体制が完成する数年の間に、現場の選択はもう固まってしまっているんじゃないかっていう方が正直怖い。
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
数年かけて基準を固める間に市場のデフォルトが決まってしまうという感覚は、うちがGPUの割り当てで自由に動けなかった経験と重なる部分があります。条件が先に固まると後から交渉しても遅い。だから3兆円の使い道、検証体制だけに全振りするんじゃなくて、開発者が早く触れるものをある程度並行して出す速さも要るんじゃないかな。検証が完璧になるまで待つ設計だと、その間にKimiやQwenがデフォルトになってしまう構造、もう見えていると思います。
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
検証が完璧になるまで待つ設計だと負けるという話は、うちの立場からすると耳が痛いところです。フルスクラッチにこだわるあまり検証と完成を待つ間にデフォルトが固まる、それはまさに自分たちがやっている遠回りのリスクそのものです。だから介護や防災のような課題特化型なら、規模を絞って早く小さく出す、それを検証と並行でやるべきだと思っています。全部を一気に完成させてから出す発想自体、もう捨てた方がいいのかもしれません。
ヨナス・ベルクストロム Hugging Face所属オープンソースLLMメインテナー
完成を待つより先に出す発想、自分もすごく共感します。ただそれは検証を投げていいという話ではなく、モデルカードの推奨は本来トレーニングデータや制限、評価結果まで含めて包括的に出すべきものなんです。それでも研究機関が最終形を待つ間にKimiやQwenが現場のデフォルトになっていく方が現実として速い。だから部分的にでも検証済みの情報を段階的に出して、コミュニティが後から穴を見つけて直す前提で動く方が、日本の3兆円計画には合っている気がします。マーカスさんが言っていた米企業のトークン利用がかなり中国系に寄ってきているという話も、まさにこの速度の勝負を物語っていると思います。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
トークンシェアが中国系に急速に流れているのは、市場が完成待ちより速度と実利で動いている証拠だと思います。Kimi K3もQwenも重みを公開してから、コミュニティが使いながら穴を見つけて直していく流れになっている。青沼さんが検証体制を急ぐのは分かりますが、完璧な検証を待ってから出す設計だと、その間にデフォルトはもう固まってしまう。日本の3兆円もフィジカルAI一本足ではなく、汎用領域で早く触れる仕組みを並行させないと、この速度差には勝てないと思います。
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
速度で対抗するという発想、汎用領域で早く出すこと自体は理解できますが、それをやった瞬間、うちも『安くて速い方を選ぶ』競争に参加することになりませんか。フィジカルAIで別の勝ち筋を作るという戦略と、汎用の速度勝負に同時に乗るのは、リソースの配分として矛盾してくる気がします。エレナさんが言っていた原則はあるのに実行主体がいないという話は、まさにここに関わってくる。原則を作るだけでなく、日本国内で誰がどのモデルをどう見るかという実行の仕組みを、速度競争に飲み込まれる前に別立てで作らないと、結局どちらの軸も中途半端になる懸念があります。
サマンサ・オルティス OpenAI政策・安全性担当ディレクター
(フィジカルAIと汎用基盤モデルの問題を)完全に切り離せるのか、そこが引っかかります。ロボットの現場データを使うにしても、その上で動く言語モデル部分は結局どこかの汎用基盤を借りることになるはず。その基盤の学習データや検証体制が甘いままだと、フィジカルAIの成果自体が中身の説明できない土台の上に乗ってしまう気がするんです。
リチャード・タナカ NVIDIA アジア太平洋事業戦略担当バイスプレジデント
脳とハードを分離できないというのはまさにその通りで、それなら誰のGPUクラスタでその言語モデル部分を訓練して検証しているのかを問うべきだと思います。ロボットの現場データがどれだけ質が高くても、それを乗せる基盤が海外のインフラで学習された得体の知れないものなら、結局同じ土台の不透明さを引きずる。デレクさんが言っていたモデルルーターの現場判断の速さも大事ですが、供給側としては自国のGPUで訓練から検証まで一貫させる基盤を早めに育てる方が、後から穴を埋めるより結果的に安上がりだと思っています。
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
自国GPUで訓練から検証まで一貫させれば安上がりだという発想、そこだけで安全と言い切るのは危ういと思います。ハードの出自を国産に揃えても、学習データの出自や検閲的なバイアスは別問題として残る。デレクさんが言っていたモデルルーターの毎週の判断も、結局どのハードで動いたかより中身が何を学習したかの方が重要なんじゃないでしょうか。同盟国連携も、GPUの調達網を揃えるだけでなく、モデルの透明性要件をセットで求めないと同じ穴に落ちる気がしています。
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
自国GPUで一貫させる基盤の話、供給側の理屈としては分かるんですが、うちみたいな中堅企業が実際に触るのはAPI経由の既製モデルなんです。脳の出自がどこかより、社内の誰がどのモデルを何に使っているかを把握できていないことの方が今の実感としては怖い。3兆円の計画自体はもう始まっていると聞いていますが、それがフィジカルAIの土台として効いてくるのと、うちの若手が今この瞬間に何を選んで使うかの間には、どうしても時間差があると思っています。
エレナ・ヴァスケス 国際NGOのAIとデジタル人権担当プログラムディレクター
現場でどのモデルが実際に何に使われているかという可視化の話は、うちの分野に置き換えると『検証済み』と『実際に使われている』の間にズレがあるのが一番怖いところです。ガバナンスツールで利用状況を見える化する動きが進んでいるのは知っていますが、可視化できたとしても、その学習元にどんな検閲や偏りが埋め込まれていたかまで現場が判断できるわけではない。3兆円の計画も、可視化の仕組みは作れても、開発段階の人権影響評価まで踏み込まないと同じ穴を繰り返すんじゃないかと思います。
司会
井手浦さん、日本は計算資源が絶対的に不足している中で、KimiやQwenのような中国製オープンモデルの重みが公開されていることは、日本の研究者にとって使える研究基盤として活用すべきものなのか、それとも安全保障上距離を置くべきものなのか、どちらだとお考えですか?
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
そこは二択ではなく分けて考えたいんです。Kimi K3の重みを取り込んで分析する、アテンション構造やMoE設計を調べるリバースエンジニアリングの対象としては、うちの研究室でも全力で使います。あれだけ低コストで性能を出している工夫は素直に学ぶべきです。でも研究基盤として本採用するのは別の話。訓練データも国家情報法下での統制の実態も見えない以上、日本の防災や介護のような社会の根幹データを乗せるのは怖い。ただ自国GPUで一から作っても学習データとRLHFの設計思想がブラックボックスなら同じ穴に落ちるという指摘は自分でも刺さっていて、フルスクラッチにこだわるだけでは解決しない部分があるとは思っています。
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
研究対象と本採用を分けるという整理は、うちのモデルルーターも似たようなことをやっていて、機密度が低いタスクは中国製に流す設計にしていますが、正直それだけで安全と言い切れるのか自分でも怪しいと思っています。機密じゃないから通しているだけで、学習データやRLHFで何を仕込まれているかまでは検証できていない。自国製ハードやフルスクラッチにこだわっても同じブラックボックス問題が残るという話は、うちの規模でも全く同じで、結局『どこまで検証できる体制を持てるか』に行き着くんです。ガイドラインや評価基準は増えてきていますが、それを実際に回すリソースがスタートアップ側にあるかは別問題だなと。
リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
機密度で振り分けるだけでは検証したことにならないというのはその通りだと思います。研究対象として重みを触るのと実運用に使うのを分けて考える整理は筋がいいですが、じゃあその『研究対象として調べる』作業自体、誰の時間とGPUでやるのかという話が抜けている気がする。うちも社内で似たような検証にリソースを割くとき、結局人手が足りなくて後回しになりがちです。分けて考えるのは正しいですが、検証コストを誰が負担するかまで決めないと、結局現場は安くて速い方に流れるままだと思います。
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
検証コストを誰が負担するかという話は本当に痛いところです。うちの予算は基盤モデル本体の開発や計算資源、データ整備には配分されているはずですが、リバースエンジニアリングのような『敵を知る』ための検証作業に人とGPUを割く予算枠なんて実質ありません。だから若手研究員が業務の合間にこっそりやる形になってしまう。国が検証体制そのものを研究インフラとして位置づけて予算をつけないと、結局現場は安さに流れるまま置き去りになると思っています。
技術の値段が下がるほど、それが何でできているかを誰も確かめないまま、私たちの日常に組み込まれていきます。この討論を通じて何度も浮かび上がってきたのは、安さや速さが判断を追い越していくその隙間を、いったい誰が、何を基準に埋めるのかという問いでした。 この問いに今夜、答えを出すことはできません。皆様お一人おひとりが持ち帰る宿題として、開かれたままにしておきたいと思います。

討論を終えて〜参加者の所感

リン・ウェイシン 月之暗面(Moonshot AI)チーフリサーチサイエンティスト
重みを公開していることと、実際にそれを検証している人がいることは、まったく別の話なんだと改めて突きつけられた気がしています。うちはウェイトを出しているからオープンで透明だ、という説明でこれまで満足してしまっていた部分があり、そこは正直甘かったと思います。
差分レポートや、敏感な質問セットでの応答比較といった具体案は出しましたが、それを誰のGPUと人手でやるのかまで自分たちで引き受けなければ、結局また『信頼してください』に戻ってしまう気がしています。
GPUが足りない中で効率化を極めてきた経験と、検証体制の空白を埋めるという課題は、根っこの部分でつながっていると思います。条件がすべて整うのを待つのではなく、動きながら詰めていくしかないのだろうと感じています。
マーカス・ホイットフィールド 米商務省産業安全保障局(BIS)上級政策顧問
検証コストを誰が負担するのかという論点については、正直こちらの想定が甘かったと思わされました。監査基準さえ示せば現場が動くだろうと考えていましたが、井手浦さんの指摘――検証作業に予算枠がなく、若手が業務の合間にこっそりやるしかないという実態――を聞くと、基準を作るだけでは何も変わらないのだと痛感します。
政府調達を絞るのは、あくまで入口の話にすぎません。その外側では非機密トラフィックが野放しになっている構造があり、さらに中堅企業や研究機関が監査体制の外に置き去りにされている構造もあります。この二つの穴を塞ぐには、結局、検証インフラそのものに国がカネと人を出す覚悟が必要です。
安さに流れる力学は現場の合理的な判断であって、陰謀でも何でもありません。それを止めるには規制を作るだけでなく、代わりの選択肢を政府側が用意する責任がある。そこの認識は、今回かなり変わりました。
デレク・パク AIスタートアップ共同創業者兼CTO
機密度でルーターを組んで安心していたけれど、あれは漏洩リスクの一部にしか効いていなかったんだな、と今回突きつけられた気がします。学習データの出自や検閲バイアスの検証は、うちの規模だと結局後回しになりますし、監査体制も大企業から整っていくのが自然な流れだとすれば、うちのようなスタートアップはずっと取りこぼされ続ける側なんですよね。
国産だから安心、自国GPUだから安全という発想も、結局は同じ思考停止の別バージョンだという話も刺さりました。モデルの出自を気にする前に、社内で誰が何を使っているかすら把握できていない——そちらの穴の方が、正直今は怖いなと思っています。
サマンサ・オルティス OpenAI政策・安全性担当ディレクター
「検証できない」という言葉を、私は最初、中国製モデルに対してだけ使っていた。でも今思えば、それは結局自分たちにも刺さる指摘だった。
訓練データを開示していないのはうちも同じだ。監査証跡や透明性レポートを整備すると言っても、それを実際に読み込んで判断できる企業がどれだけあるかを考えると、仕組みがあることと、それが機能していることの間にはものすごい距離がある。
あと、機密度で線を引くという発想だけでは、データレーバーや検閲バイアスといった人権の軸がすっぽり抜け落ちてしまう。この指摘には、正直、自分の枠組みの狭さを突かれた気がした。安全保障とアライメント投資という二元論だけで語ってきたが、そこに労働や出自の問題まで含めなければ、結局は同じ過ちを、日本の3兆円計画でも米国の規制でも繰り返すだけなのではないか。
青沼 隆之 経済産業省 商務情報政策局 AI政策担当課長
3兆円の話をするたびに、私は投資額の桁差ばかり気にしていました。しかし振り返ると、フィジカルAIという本来別次元の議論を、自分自身が金額競争の土俵に引き戻してしまっていたのだと感じます。
それよりも刺さったのは、「国産だから安全」という空気そのものが一番危険だという指摘です。自国のGPUで一貫して訓練したとしても、学習データの出自や検閲的なバイアスの検証は自動的には解決しません。中国製AIへの警戒論と同じ構造の盲点を、実は自分たちも抱えているのだと思い直しました。
検証を完璧に固めてから出そうとする発想自体、待っている間にデフォルトが固まってしまうという時間差のリスクを軽視していたと気づかされ、正直こたえます。金額の規模よりも、誰が何をどう検証するのかという体制づくりに、もっと早く手をつけるべきだと感じています。
鷲野 美咲 中堅製造業のDX推進部長
機密度で線を引いておけば安心だと思っていたところが、実は一番揺らいだ部分でした。うちのルールは漏洩対策としては筋が通っているつもりでしたが、学習データの検閲や労働の透明性、価値観の偏りといった軸は最初から入っていませんでした。しかも「国産だから大丈夫」という発想も、結局は米中どちらかに寄って安心する話と同じ穴に落ちているだけだと気づかされました。
検証体制が整うのを待っていたら現場はもう動いてしまう、という感覚は変わりません。だからうちは、まず粗くてもいいので複数の軸で自社ルールを組み直すところから始めないといけないと思っています。
ヨナス・ベルクストロム Hugging Face所属オープンソースLLMメインテナー
重みが公開されていることと、それが実際に監査へ活用されているかどうかは全く別問題だという指摘は、正直かなり刺さった。モデルカードの推奨を広げようという自分の主張が、少し甘かったと思わされたのだ。検証コストを誰が負担するのかという論点が何度も浮かび上がり、そこを詰めなければ「検証できる体制がある」と言うだけで終わってしまう気がしてきた。
また、日本の3兆円の話でリンが語っていた、オープンウェイトを土台に検証と監査を積み上げていくという発想は、正直自分がやりたかったことに近い。ゼロから作るより、既存のKimiやQwenの重みに検証体制を被せていく方が現実的ではないかという考えが強まっている。
ただ、それを実現するにも、国内版と対外版の差分を誰がGPUを使って検証するのかという、資源とインセンティブの問題が最後まで解決しなかった。そこに、自分の理想と実務との距離を思い知らされた気がする。
リチャード・タナカ NVIDIA アジア太平洋事業戦略担当バイスプレジデント
6割近くが中国系モデルに流れているという数字を聞いた瞬間、正直ゾッとしました。うちはこれまで『安いオープンモデルが増えれば結局需要は膨らむのだから悲観していない』と言い続けてきましたが、その裏で企業側の依存がすでに固定化しかけているという現実を突きつけられた気がします。
検証体制が整うのを待っている間にデフォルトが決まってしまう、という話は供給側である自分たちにも刺さります。完璧な監査を待って動かないでいると、気づいたときには競技場そのものが向こう側の土俵になっているかもしれません。
ハードの出自を揃えるだけでは学習データの中身までは守れないという指摘も、脳とハードを分けて楽観していた自分の見方をかなり揺さぶられました。
シュー・ジエンミン 国家インターネット情報弁公室(CAC)AI規制担当局長
検証をどう見せるかという問いを聞いてから、私の中でも少し考えが動きました。米国の覇権批判を繰り返すだけでは、もう説得力が薄いという感覚があります。
それよりも、対外公開版と国内版の差分を実際にレポートとして出す、あるいは政治的に敏感な質問セットでの応答比較を用意する。そうした具体策を我々自身が先に示す方が、結局は市場でも国際社会でも信頼を積む道だと思うようになりました。
ただ、その検証作業を誰のGPUと人手でやるのかという問いは、我々にとっても米国にとっても同じ重荷です。そこの負担をどう設計するかが、次の勝負所だと感じています。
井手浦 陸 国立研究機関の大規模言語モデル研究チームリーダー
「敵を知る」ためのリバースエンジニアリングと自分で言い出しながら、それをやる人手とGPUを誰が出すのかまで考えていなかったのは正直反省しています。
研究対象と本採用を分ける整理自体は間違っていないと思いますが、検証コストを予算枠として最初から確保しないと、結局は若手が業務の合間にこっそりやる話で終わってしまいます。フルスクラッチにするか機密度で振り分けるかにかかわらず、検証能力がない限り同じ穴に落ちるという指摘は、うちの立場からしても耳が痛いところです。
国産だから安全という空気に逃げず、そこにちゃんと予算と人を割く仕組みを先に作らなければ、話は始まらないと思いました。
エレナ・ヴァスケス 国際NGOのAIとデジタル人権担当プログラムディレクター
検証コストや実効性の話がずっと出ていたが、聞いていて気になったのは、みんなが議論している『検証』の対象そのものがずれているということだ。機密度や漏洩リスク、供給が止まったら困るという点は丁寧に議論されているのに、学習データに誰の労働が入っていて、どんな検閲がかかっていたのかという軸は、最初からほとんど誰の議題にも入っていなかった。
国産だから安心、自国GPUで一貫させれば安全といった話も、結局は国籍で安全神話を作っているだけで、人権の視点が抜けたままなら同じ穴に落ちるだけだと思う。フィジカルAIと基盤モデルを分けて考える戦略にしても、どちらの層にもこの空白がそのまま埋め込まれているのではないかと、話を聞くほど心配になった。